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2018-08

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個別・協同・プロジェクト化の融合実践としての『わたしたちの「撮る教室」』のことを、もう一度書いてみようと思う - 2018.03.25 Sun

 2015年の中学校3年生のクラスの生徒、そして写真家小寺卓矢さんと私、さらに編集の加藤愛さん、4者のコラボで創った写真絵本が、『わたしたちの「撮る教室」』(学事出版)だった。「撮る教室」はもちろん「飛ぶ教室」のもじりである。

わたしたちの「撮る教室」
小寺 卓矢 石川 晋 石川学級41名の生徒たち
学事出版
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 この絵本について、もう一度書いてみようと思う。
 まずこの絵本は、小寺卓矢さんが一年間にわたって、ぼくらのクラスに入った、その記録でもある。小寺さんは、生徒が存在証明としてのクラス写真集を創る、その助け手という名目でクラスに入ったが、基本的には、「撮る、撮る、撮ってみる」という日常そのものの促しが一番の役割であったといっていい。

 私の目論見は、子ども達が、個別・協同・プロジェクト化された、(結果的・必然的に)教科横断的な取り組みをプロが撮影して写真絵本として残す。そのことで、ぼくらのクラスでぼく(ら)が考えていることが、「わかる人にはきっとわかるはずだ」というかなり暴力的な装置として機能させたいということであった。個人的には、岩瀬直樹さんの『きょうしつのつくり方』(旬報社)への私からの返歌の意味もあった。

 この絵本の構造を説明すると、
①写真絵本の写真のほぼ全部(一部は生徒のものと私のものもある)は、小寺卓矢さんの写真である。
②テキストは、小寺さんが全て書下ろし、石川と加藤との三者で精査したものである。
③生徒が創った写真集は一緒につけることは単価的に難しく、巻末のURLからデータをダウンロードできる形にした。

ということである。

 表表紙の見返しには、始業時間を指した時計とまだ何も始まっていない「教室」がある。
 裏表紙の見返しには、就業時間を指した時計と生徒が一年間かけて撮った写真の一部が壁面を埋め尽くした形の「教室」がある(ちなみに、壁面上部に掲げられた校訓は、生徒の写真で覆い隠されてしまっている形になっている)。

 実はぼくらのクラスには、通年で取り組んでいることが、この写真集づくりだけでなく、他にもいくつかあった。例えばライティングワークショップと作品出版、パーソナルポートフォリオづくりなどなどである。
 実際、写真集づくりへの取り組みは、千差万別だ。年間一千枚に及ぶ写真を撮りためた生徒もいる。一方で30枚しか取らなかった生徒もいる。生徒にはその表現媒体への適性、興味があり、対応はまさに「個別」である。それは年間を通じた大単元構成になってるからこそ、許されるわけである。教科横断的に行うことで、支援学級在籍の生徒も、自在に学習参加ができる。
 一方で大切な事実は、すべての子が適性を示したりしないということだ。ただし、生徒の何度もの話し合いの中で、全員が作品を持ち寄ることで、クラスを表現することにしたいということだけは、コンセンサスを得ているわけであり、結果として全員のページが当然ある。

 そもそもこの実践について、読者と一緒に考えたいことの一つは、この実践がどのようなプロセスを経て実践可能であったかということでもあった。そこに思いを馳せてほしいというのは、やはり少し難しいことだっただろうか。
 小寺さんは、実は8年間の上士幌中学校在籍の中で、育児休業の一年を除き全て入ってプロジェクトを組んでいる。
 初年度に入っていただく名目は、校舎建て替えの時期に合わせて、生徒が校舎建て替えと引っ越しの日々を記録写真として残す、そのためのアドバイザー、である。これは、地域の学校である上士幌中学校にとってはまさに渡りに船であった。最後は、町の公民館を借りて、写真展を開催する形で、プロジェクトを完結させる。こういう入り方にすることで、以降、小寺さんが学校に入ってくるハードルはぐうっと低くなったわけである。

 続くぼくのクラスでは、この作品の制作背景と同様、一度存在証明としての写真集づくりを実施している。
 そして、最後の上記の学年でのプロジェクトへとつながっていく。
 デジタルカメラは、このプロセスの中で、何年かの時間をかけて、生徒が全員取り組めるだけの台数を学校で整備するという流れを取った。
 つまり、「撮る教室」プロジェクトまでに、地域。教職員のマインド的にも、実際的なツールの確保についても、校内のコンセンサスを得られるような手順を丁寧に踏んでいる。実践のこのあたりにまなざしを向けられるかどうかで、この実践の示している方向が見えるかどうかが決まるのだと思う。

 もう一つは、写真・テキスト情報など、個人の肖像権や著作権にあたるものの開示についての許諾を取ったということだ。
 今クラスに関わる個人情報の大半は、テキストなら仮名、写真ならぼかしが入る。だが、クラス実践の「生々しさ」は、すっかり薄まり、実践記録としての強さが薄まってしまった。もっといえば、多くの本は、結局、どこにでもある記録という体裁でしか成立しなくなった。教育書のマニュアル化・ハウツー化の背景にはそうした問題も色濃くある。そこを、粘り強く関係する様々な形の覚悟で潜り抜けた本がこの本だった。開示することの意義や価値を保護者や子ども達が共有してくれたことに感謝しかない。そういう意味でも、今、本当に数少なくなった、「本当の」本なのである。

 もう一度この絵本を基に、学ぶ場を創ってみようと思う。
 一緒に創りたいという方、どうぞお声がけください。

 



教師教育メールマガジン78号、佐藤年明さんです! - 2018.03.24 Sat

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メールマガジン「教師教育を考える会」78号
            2018年3月23日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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3つの国立大学で35年間教員養成に取り組んできて
                      三重大学教育学部教授
                            佐藤 年明

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 78号は、佐藤年明さん(三重大学教育学部教授)です。35年の学部
教員としての教員養成を振り返ってくださいました。   (石川 晋)
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 毎号すごい投稿が載るのでビビっています。トリに近い時期なので、こ
れまでのいろんな方の投稿を改めて読みなおした上で書こうかと思いまし
たが、そんなことすると書けなくなりそうなのでやめました(^^;)。
 タイトルの通り、長年続けてきた教員養成の仕事を振り返りながら書い
てみたいと思います。教師教育の内容と言うよりは教師教育に取り組んで
きた自分の回顧談になります。

1 神戸大学での3年半(1983.4-1986.9)
 僕は京都大学教育学部に1973年に入学し、その後修士課程・博士後期課
程に進学、博士後期課程を学修退学(=所定の単位を取得したが博士論文
未提出)しました。当時は課程博士(博士後期課程在学中の3年間+αの
期間に学位取得)の制度ができたばかりで、教育学系ではほとんど前例が
なく、自分たちの指導教官くらいの年齢(50代くらい)になって論文博士
を申請するのが一般的でした。まあ僕自身はその後現在(63歳)に至るま
で博士論文を書いていないので、制度改革は関係なかったわけですが(^^;)。
 ということで僕は1982年3月に京都大学大学院教育学研究科博士後期課
程を学修退学しましたが、いくつか応募したものの研究職(大学教員)に
採用されず、1年間京都大学研修員という身分で過ごしました。何か「研
修」をするというわけでもなくただ研修料という名の学費を支払うだけ
(学歴に空白年月が生じることが不利になるという懸念からこの制度を利
用しただけ)でした。この1年の間に、京都大学大学院教育学研究科でロ
シア語文献講読の授業を非常勤で担当されていた杉山明男神戸大学教育学
部教授(故人)が、神戸大学大学院文化学研究科(教育学研究科修士課程
と文学研究科修士課程の両方の上に立つ独立研究科、博士後期課程)の助
手(5年期限)を探していらっしゃることを知って応募し、幸い採用され
ることになって、1983年4月に神戸大学へ赴任しました。
 杉山明男先生はけっこうアクの強い方で、学内にも批判的な人も少なく
なかったようですが、僕にとって何よりありがたく学ばせていただいたの
は、杉山先生が一方でソビエトの集団主義教育学の理論・実践研究(マカ
レンコ、スホムリンスキーなど)に取り組まれつつ、他方で文学の授業を
中心に日本の学校での授業研究に大変精力的に取り組まれていたことです。
当時の授業研究の「御大」の一人であった吉本均氏(広島大学)も「右手
に辞書、左手にテープレコーダー」(逆だったかも^^;)みたいなことを
京大での集中講義でおっしゃっていて、これが授業研究に取り組む当時の
研究者の一つの定番スタイルだったようです)。
 神戸大学教育学部の杉山ゼミでは、「あとかくしの雪」「川とノリオ」
などいくつもの文学作品の一文一文をともに読みながら教材解釈に取り組
み、私も文学作品の読み方(方法論としては同授研=同和教育における授
業と教材研究協議会や文芸研の読み方)をずいぶん鍛えられました。僕自
身、(2人の大学院生との共同作業で)恥ずかしながら一つの作品(千葉
省三「井戸」)の教材解釈を同授研の出版物に書かせていただいたことも
あります(同和教育における授業と教材研究協議会編『はぐるま教材の研
究と授業・高学年』部落問題研究所 1985年)。
 当時既に阪神一円で多数活躍されていた杉山ゼミ卒業生の先生方の授業
を参観させていただく機会が何度もあり、さらに僕自身が、当時神戸大学
大学院教育学研究科に在籍中だった附属小学校のK先生とともに、附属住
吉小学校4学年で松谷みよ子「茂吉のねこ」の授業を数時間担当させてい
ただきました(これについても拙稿「文学の授業における児童の認識過程
に関する一考察」神戸大学大学院文化学研究科『文化学年報』第5号
 1986.3 に書いています)。
 杉山先生ご自身が大学の教壇に立つだけでなく小中の授業を数多く参観
され、またそれだけでなく自ら小学校や中学校で授業を行なう機会をたび
たび持っておられました。このようなタイプの研究者・大学教員は、当時
それほど多くなかったんじゃないでしょうか。つまり、授業を観察し分
析・批評することだけではなくて、自ら教材解釈をし、指導案を作り、授
業を行なう大学教員というのは。教員養成学部で小中高教師出身の大学教
師が増えた現在ではさほどめずらしくないことでしょうが。
 僕の神戸大学在任期間はわずか3年半でしたが、杉山明男教授のそばに
いて先生の研究や実践のスタイルに身近に触れさせていただいたことは、
それ以前の京都大学での10年間の学び以上にその後の教育学研究者として
の僕の進む道を規定したと思っています。

2 宮城教育大学での2年半(1986.10-1989.3)
 神戸大学助手の一応の期限である3年目の終わりまでに就職がなく、半
年間の延長を認めていただきましたが、幸いその頃に宮城教育大学の社会
科教育助教授募集の情報を得て、応募した結果採用してもらえました。当
時の僕にとって宮城教育大学とは、元中学校社会科教員で歴史教育者協議
会(歴教協)の事務局長を長く務められた本多公榮先生が社会科教育の教
授を務められていること、またかつて林竹二学長のもとで小学校教員養成
を中心にユニークな大学改革で名を馳せた大学であることから、大変楽し
みにして仙台の地へ赴任しました(宮教大時代かその後の三重大時代の初
期に「授業づくりネットワーク」の活動の中で石川晋さんと出会っていま
す)。
 残念ながら僕のあこがれ・期待の二つ目については、実際の宮教大はも
はや「抜け殻」と言っていい状態でした。多く聞こえてくるのは林竹二さ
んのユニークな改革への怨嗟でした。ただそれでも、普通の教員研究室2
つ分くらいの広さの部屋に教員と学生(多くは研究室ゼミ以外のメンバー)
が同居する「合研」という林学長時代からの制度が残っていて、ちょうど
で経済学の教授が退職されて合研が1つ空くというので、僕がその後を継
がせていただき、カリキュラム上の研究室ゼミとは別に合研メンバー対象
に「60年代ゼミ」を開いたり、ボウリングや合宿などの行事を行なって楽
しく過ごしました。特におもしろかったのは、本棚だけで教員スペースと
学生スペースが分けられていて声は筒抜けの大部屋の中で、授業から戻っ
てきた学生たちが(本棚の向こうに教員がいることは承知で)授業批評・
教員批評その他の雑談をしているのを聞くことでした。今となってはどん
な話を聞いたのか全く覚えていませんが。
 この合研生活は、僕自身がその後まもなく転任することになったため、
たった1年間で終わってしまいました。
 本多公榮先生と一緒に2年半仕事をさせていただいたことは、僕にとっ
て杉山先生との日々同様に大変幸せなことでした。もっとも幸せであった
のは、温厚でありつつ論鋒鋭い(国会で教科書攻撃への反論証言をされた
こともあります)先生の人柄に触れたことでした。学生たちにも大変慕わ
れていらっしゃいました。後述の授業見学旅行の道中の土産物屋で本多先
生が好物の笹団子に手を出されると女子学生がサッと制止する(もちろん
先生の健康を考えて)、というほほえましい場面を目撃したこともありま
す。
 前述のように元歴教協事務局長であり中心メンバーでいらっしゃったこ
とから、本多先生は多くの著名な社会科実践者と親交が深く、その人脈を
活かして毎年ゼミ生(僕のゼミも含む)を「授業見学旅行」に連れて行っ
て下さいました。僕は在任が短かったので限られた機会(3回)しか参加
できませんでしたが、それでも筑波大附属小で有田和正氏の「巨大パンの
授業」(厳重に包装された2mのフランスパンを教室に持ち込み、子ども
たちにそれが何かあてさせ……)を参観し、授業後有田先生のお話を伺え
たことは本当にありがたいと思います。今でも授業を撮影したテープ(但
し、「β」ですが(^^;)を持っています。有田先生が一方でクラスの子ども
たちの動きは全て掌中につかんでいる(予想できている)と豪語されたの
にはちょっと引きましたが、他方で先生がクラスで一番乗ってこない子ど
もをどう乗せるかを常に中心に置いて授業づくりをしているとおっしゃっ
たこと(どうしても乗ってこなかった子が「デパ地下の試食」という宿題
を出したらはりきってやり出したとうれしそうにおっしゃっていました)
には痛く感動しました。
 脱線しました。(^^;) 授業見学旅行ではまた、田所恭介先生(東京・小)
の役割演技を取り入れた日本近代史の授業や、安井俊夫先生(千葉・中)
の縄文時代の授業も参観しました。本多ゼミで保管されていた授業研究旅
行報告書によると、山本典人氏、鈴木正氣氏など、錚々たるメンバーの授
業を見学し、インタビューし、学生の手で立派な報告書を作成していまし
た。自分で残していた授業見学旅行のファイルもひっくり返してみました
が、学生たちが相当熱心に事前学習もして、期待を持って授業見学に臨ん
でいたことを思い出しました。
 本多先生には持病の腰痛があり、また僕の在職中に食道静脈瘤破裂を発
症して数ヶ月入院されました。病後の回復につとめながら仕事を続けてお
られる本多先生を後に転任することについて、僕は大変悩みましたが、本
多先生は「転任はあまりにも早いけれども、佐藤さんが決断したなら私は
反対しない。」と言って下さいました。先生は、僕が三重大学に移って6
年後の1995年に亡くなられました。今も本多先生のご冥福を祈り続けてい
ます。

3 三重大学で29年(1989.4-)
 ここまでのペースでいくと、三重大学時代のことを書くのに数倍~十倍
以上の字数が必要となり、とても読者の皆様につきあっていただけると思
えません。
 そこで、というのもヘンですが、実は蔵満逸司さん(琉球大学教職大学
院)からのご依頼を受けて、これまでの大学教員生活を振り返ってのエッ
セイを「小学校教師用ニュースマガジン」に4月から連載させていただく
ことになっています。こちらの方は蔵満さんからストップがかかるまでの
言わば「字数無制限」(^^;)ですので、三重大学での来年度で30年目にな
る教員生活のことは、そちらに譲ります。
 別連載のキックオフイベントみたいにこの投稿を位置づけた格好になり、
晋さんに怒られそうなのでちょっとご相談したら、「そちら(=蔵満さん
のNM)にアクセスしない読者も当然多数いますので、さわりだけでも書
いていただけるとうれしいです。」とご配慮ある返答をいただきました。
 そこで、ですけど、この投稿もすでにかなりの字数になっているので、
次の連載についてはいまぼんやりと考えているプロットだけ紹介します。
本稿での神戸大・宮教大時代についての記載は、それぞれ期間は短かった
わけですが、一応時系列に沿って書きました。これに対してこれから書く
小学校NMでの連載では、約30年という長い期間にわたることを思い出し
思い出ししながら書くので、時系列にこだわらずにトピック中心で書いて
みようと思っています。もともとそういう構想なので、書く順番や内容が
今後入れ替わるかもしれませんがご了承下さい。
 1 ある学生からの罵詈雑言的批判
 2 全体討論へのためらい
 3 「カタを与えることで動き出す学生」をどう見るのか?
 4 「教師になるんだから…」の通用度
 5 (一時生じた)「なりすまし出席」
 6 Moodle 意見を全受講生に「晒されている」ことはそれでいいのか?
 7 授業後教室に残るプリント-学生にとって意味ある情報提供になっていない?
 8 ポートフォリオ-学習プロセスを可視化して振り返る良さ
 三重大編についてはいろいろやってきた教員養成教育実践の中から80名
前後を対象にして行なってきた教職科目「教育課程論」の授業実践を中心に書
いていきたいと思います。
 このメールマガジンと「小学校教師用ニュースマガジン」を両方講読し
ている方も多数おられるだろうと思いますが、そうでない方で関心を持っ
ていただいた方は「小学校教師用メールマガジン」もお読みいただくと、
僕の「エッセイ」(タイトル未定、4月27日開始予定)もお読みいただ
けます。「小学校教師用ニュースマガジン」の主宰者は蔵満逸司さんで私
ではないので正確な情報を提示できず申しわけないのですが、例えば
http://melma.com/backnumber_16863/
というページにアクセスしていただくと購読申込ができます。
 最後は宣伝になってしまいましたが、2つのメールマガジンを繋ぐとい
うのも偶然僕に与えられた使命かなと思い、書いてみました。
 長文をお読みいただき、ありがとうございました。 (2018.3.18)

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 佐藤先生、ありがとうございました。三重大学以降の武勇伝は、蔵満逸
司さんのメールマガジンで、ということで、そちらを楽しみにしています
(もちろんぼくは読者です)。
 さて、佐藤先生が、三重大学以前の学びについて、おおよそ恩師との出
会いを語るという形で記述されていることをとても興味深く感じていまし
た。現在の佐藤先生のゼミでの活動の様子の報告を読ませていただいたり、
三重大出身の学生の話をお伺いすると、まさに佐藤先生が書いておられる
恩師の姿と今の佐藤先生の姿が重なって見えると感じるからでしょうか。
 また、当時の学部学生、大学院の学生が、恩師との関わりの中でどのよ
うに学んでいたのかが見えるのも興味深いです。師に食らいつきながら学
ぶ学生の姿というのでしょうか。こうした在り様が、今も大学や大学院の
中にあるのか、学生の学び方もまた大きく変わったのだとして、それはな
ぜなのか…。
 今年は12月8日土曜日に佐藤先生にお願いをして三重大学の教室をお
借りします。私が理事長を務めるNPO授業づくりネットワークの三重集会
を開催することになっていますので、そこでまたいろんなお話を直接お聞
きできるのを楽しみにしています。お近くのみなさんは、どうぞ日程を空
けておいてください。

 いよいよ本メールマガジンも大詰めです。後二号です。
3月27日火  藤原由香里さん(京都府八幡市立美濃山小学校教諭、
NPO授業づくりネットワーク副理事長)
3月30日金  塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)
 迷っていたのですが、31日、最後に全号のインデックスを私がまとめ
たものを発行します。それで本メールマガジンの締めとなります。後少し
お付き合いください。
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メールマガジン「教師教育を考える会」
78号(読者数2653)2018年3月23日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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加速度的に上達する… - 2018.03.21 Wed

 娘を連れてスキー場に行く。名寄ピヤシリ。このスキー場は新卒の時期に、子ども達にたくさんのことを教えてもらった場所でもあり、懐かしかった。いい天気だった。
 結論から言うと、今日娘は自力で滑走できるようになった。実は3歳からゲレンデになんどか連れてきており、その都度少しずつ上手になっていたが、今日はまさに加速度的な上達だった。
 学齢前の子を見ていると、本当に半日とおかず、ものすごい勢いでできるようになるということを目の当たりにすることがある。先日の早苗保育園でも、ある子に注目してみていたのだが、その子は30分から40分くらいの時間で、それまで全くできなかったシャボン玉飛ばしができるようになった、本当に見事な、さなぎが蝶になるような、そういう流れである。
 それで、中学校という現場では、ここまでの加速度的な成長に出会うという経験はほぼないなあと思う。国語の授業でも、また一所懸命やった卓球部でも、ここまでの劇的な変化を目にすることはなかった。

P_20180321_143952_vHDR_On.jpg


 幼保や小学校の先生は、基本的に、子ども主体、性善説だとよく言われる。に対して中高は性悪説 笑(子どもは必ず何かしでかすものだというのが前提…)。まあ、改めて、見ている映像・状況が違うのだよなと思う。今年ぼくは小学校に入ることが多かったけれど、ぼくの最終的な場所はやっぱり中学校だろうと思う。中学校の先生と、幼保それ以前からの成長の営みを丁寧に話し合う、そこへ遠くまなざしを向ける、来し方を眺める、そういう学びの場づくりができるといいな。

 夜は偏頭痛。久しぶりだ。

教師教育メールマガジン77号、岩瀬直樹さんです! - 2018.03.20 Tue

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メールマガジン「教師教育を考える会」77号
            2018年3月20日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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現場の教員が大学の教員になるということ
                  東京学芸大学教職大学院准教授    
                            岩瀬 直樹

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 77号は、岩瀬直樹さん(東京学芸大学教職大学院准教授)。「教師教
育初学者」としての丁寧な振り返りと分析です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 私は22年間小学校教員を経験した後、東京学芸大学教職大学院の専任
教員として3年間を過ごしてきました。大学教員としてどんなスタートを
切ったのか。その中で何を感じ,何を考えたのか。何をして,何ができな
かったのか、何を課題と感じているのか。このメルマガの執筆の機会に、
素直に振り返ってみようと思います。

〇戸惑う日々
 
 教職大学院に来ると決まったとき、正直に申せば、現場での実践経験と、
研修やワークショップでの講師経験、ファシリテーター経験で何とかなる
だろう、と甘く考えていました。しかしいざ学卒院生、現職派遣の院生の
皆さんの前に立ち、すぐに「教師教育者としての私の専門性とは何か?」
ということを突きつけられたのです。大学院の授業をどうしたらよいのか、
研究指導をどうすればよいのか、研究室運営はどうするのか、そもそも教
師を育てるとはどういうことなのか。実践経験での自信が吹き飛び,自身
の無力さに途方に暮れました。

 そこで私が先ず始めにしたこと、それは同僚、渡辺貴裕さんの授業を参
観させてもらうことでした。彼の授業は、彼が研究してきた教育方法を活
かした,知的にも方法的にも高度な授業でした。ジグソー法を活かしたグ
ループワーク、論文を一読総合法で読む等、学問と授業方法がリンクして
いたのです。生々しくて恥ずかしいですが、当時の私の参観メモを抜粋で
ご紹介します。(※は私の気づきメモ)

             *  *  *

 授業名「授業研究基礎」

1,講義「授業を研究する上での2つのアプローチ」

 ア,複数の事例の共通点に注目し、規則性を見出す。 法則定立的

 イ,個別の事例に則して、その意味を掘り下げる。  個性記述的

 「アでは規則性の中でそぎ落とされることがある。イでは具体的な出来
事を基に『こんな意味があるのではないか』と考えることができる。実践
記録は、アにあたる。」

2,算数の「重さ」で10分で模擬授業を考える。

※実際に自分で模擬授業をしてから(予想してから)文献を読む。仮説実
験授業的でおもしろい!

※ファシリテーションをいれるといい。渡辺さんの問いで指名していくの
は場に緊張を強いるなあ。例えば、「近くの人と話してみてください」と
ペアトークを入れるだけで違う。

3,実践記録を途中まで読む『体験から学ぶ算数』(算数 重さ)

「みなさんだったらどんな風に展開するかなあ」

1)2分、個人で考えて見てください。Think
2)テーブルで意見交換してください。Pair

※場が和んだ。
※自身で考えてみてから,記録を読むという構造化。

「続きを一人一段落ずつ読んでいきましょう。」
「感じたこと、気づいたこと、疑問を書き込んでいきましょう。」

※なるほど。自分がやってきたブッククラブ方式だ。一人のThinkの時間
を重要視している。

※「答えがあるわけではないので気楽に書き込んでください」というイン
ストラクションがとても大切。渡辺さん、優れたファシリテーター。

※院生は学び上手。モチベーションがあるのでグループワークが機能する。
より高度なグループワークにいける。

「グループで紹介し合ってください。3分とります。」

※こういうときにぼくの授業では「ファシリテーショントレーニング」に
しよう。関わりスキルを共有しておく。ファシリテーターに対しての
フィードバックもする。

4,全体で発表 Shere

「発表のために番号を振ってください。どうぞ15秒でやってください」

「3番から行きましょうか」
「発言する人は自分でもグループでいい。その人の責任。」
「一人一つコンパクトに発言する。」
「発言したら座る。」

「グループのこと、しょいこまなくていいですよ!」

※笑 ユーモアは大事だねえ。

※インストラクションが切り分けられていてわかりやすい。このあたりの
スキルは学校教員と同様。

 
・ここから発表
「それどんなところから思いました?」
 板書
「ほお、なるほどねえ」
「いい発表のしかたしてくれましたよねえ」

「批判的に読む、いいですねー」
「どこにでてくる?」「うん、うん」

「なるほど、おもしろいですね」

・まとめの話

※シェア大事だなあ。相づちも大事。関わりスキル。

※時間をどう短くするか。ミニホワイトボード使えるのでは?

※ここまでで35分。児言研の一読総合法だ!

※非常によく練られた授業構成。授業記録の読み方のレッスンをした上で
課題で実践記録を読んでくるという構造。

※このアカデミックさが自分に必要。学級経営を学問的に整理していこう。

              *  *  *

 毎週、渡辺さんの授業を参観する中で、実務経験と大学での授業をどう
つないでいくのかのヒントを得ました。学問知と教育方法をつなぐことで、
学習者の学びの体験自身に意味が出てくることがわかったのです。

 目指したいロールモデルが身近にいて、徒弟制で学べたことは、本当に
幸運なことでした。また他の先生の授業も参観したり、研究指導の場面に
立ち会わせていただいたりと、同僚性の中で自身の専門性を少しずつ伸ば
そうとしていきました。

○自身の授業を改善していく

 私は単独で「学校づくりと学級経営」という授業を担当していました。
同僚から学んだことをもとに,実践経験と学問知をつなげた授業をしよう
と試行錯誤してきました。しかし学習者である院生の評価を捉え切れませ
ん。そこで2年目はティーチングアシスタント(TA)を募集し、4名の院生
と一緒に授業づくりを行いました。前年度の受講者であった彼らから
フィードバックをもらいながら授業デザインを検討し、授業終了後は、受
講者も自由参加の「授業リフレクション」を行いました。私はそこにいな
いという設定で、自由に授業について振り返ってもらい、その対話をもと
に次週の授業を考えたのです。なかなかヒリヒリした時間でしたが(苦笑)、
小学校教員時代同様、学習者からのフィードバックでの授業改善を目指し
ました。自身の授業改善と共に、身をもって学生に示そうとも考えていま
した。とは言え、学級経営の学問的な整理、学級経営経験のない院生にど
のような学びがよいのか等々、課題はまだ山積なのが現状です。

 6人の教員のTTである「カリキュラムデザイン・授業研究演習」では、
「対話型模擬授業検討会」を一つの軸に進めてきました。対話型模擬授業
検討会の詳細はここでは省きますが(渡辺貴裕、岩瀬直樹「より深い省察
の促進を目指す対話型模擬授業検討会を軸とした教師教育の取り組み」
『日本教師教育学会年報』第26号、2017年9月、136-146頁を参照してくだ
さい)、理論面を研究者教員の渡辺が中心に、実際の場づくりやファシリ
テーション面を実務家教員である私たちが中心に授業デザイン、実践して
いくことで、研究者と実務家の役割分担を試行錯誤することができました。
ここでも同僚性の中で学べたことが大きかったと考えています。TTであっ
たこと、授業前のミーティング・授業後の協働リフレクションの時間を設
定されていたこと等、この教職大学院自体に,教員を育成する仕組みが備
わっていたといえるでしょう。
 一方、私自身の課題、それはやはり研究面での弱さです。教師教育に関
わる者自身が研究の力をつけることの重要性はこの3年間で痛感していま
す。教師教育者がどのような研究の力をつけるとよいのか。教職大学院で
院生が身につけるべき研究の力とは何か。私自身も大学院で質的研究を改
めて学びましたが、今後も向き合わなくてはならない大きな課題だと考え
ています。

○教え手の側から学び手の側へと

 ここまで書いてきて愕然とするわけですが、結局私も「教え手の側」か
ら教師教育を考えてしまっているわけです。知らず知らずのうちに、現在
の教員養成のシステムの中に、「なじもう」とする自分を見つけてしまっ
ています。
 これから教育が大きく変わっていきます。
 これから先生になるにあたって、最も重要なことの一つは、「今の学校
教育における前提の問い直し」だと考えています。現状の縮小再生産にな
らないためにも、前提にとらわれることなく、これからの教育を描いてい
く人になってほしい。

 教員養成も同様です。現在のシステムの問い直しが急務です。
 今のシステムは本当に「先生になる人を育てる仕組み」になっているの
か。残念ながら、前提から問い直す必要を感じています。

 そのためにどうすればよいか、と3年間考え続けました。
 そこで辿り着いた暫定的な回答、それは様々な理論や実践に出会うこと
で視野を広げ、無意識に前提としている学校教育の問い直すことです。今、
東京学芸大学教職大学院では、学卒1年生を中心にこの問い直しが起きて
います。実習校での葛藤のリフレクションに伴走したり、先進的な事例、
例えば国立一中の井上太智さん(『授業づくりネットワーク』誌最新号参
照)の参観に同行して,協同でリフレクションしたりする中で、自身の被
教育者体験を含めた学校教育への問い直しが起き始めています。最初はほ
んの数人の動きだったのですが,その自立的な学びの姿は他者を刺激し、
人数が増えていきました。研究室に本を借りに来たり、先進的な実践の参
観に行ったり、対話の場を設けたり、この春には10人近くがオランダに視
察研修に行ったりと、自然発生的、かつ自立的な動きが起きています。彼
らの姿に日本の教育の未来を感じます。

 視野を広げる機会の提供と、そこをきっかけとする学習コミュニティー
をサポートすることを通して、学びを促進すること。これが教師教育者に
とって重要な仕事。教師になった後も、この経験は成長し続ける力、学び
の場を創る力として生き続けるのではないでしょうか。

 そのために私がすべきことは結局、担任時代と同じく、ひとり一人の院
生の学びへの伴走でした。それは極めて個別的なのです。「学び手の側」
から教員養成を考えていく。ようやくそこに辿り着き始めている最近です。

 メルマガ71号の中川翔太さんは私の研究室の院生ですが、彼の成長に
私が貢献できたとすれば、リフレクションの対話と共に、彼の学びに必要
な人や場、本につないだことが一番大きかったと思います。後は彼が自身
の「学びのコントローラー」で進んでいきました。頼もしい限りです。

 今はまだ結果としてコミュニティーができはじめた段階で、意図的に設
計したわけではありません。自立的な学習者の育成とそのコミュニティー
づくりを教師教育者がどう設計していくのかは大きな課題です。

 また、現職院生に対しては,まだ数人ですが、私が校内研究等で講師や
ファシリテーターをする場面を参観してもらう場を設けています。彼らか
らフィードバックを受けることで私も学びになりますし,モデルとして立
ち続けることの重要性(とその大変さ)を感じています。

 最後に私がまだできていないこと、課題と考えていることを書いて終わ
りたいと思います。

1)場に立つ具体的な力をどう身につけていくのか

 一番の課題は、学生が学校現場に立つための具体的な力をどう身につけ
ていくかということです。教科の専門性、具体的なスキル(関わりスキル
や授業技術等)をどう身につけていくのか。現状、「経験から学んでね」
という丸投げになっている感は否めません。対人援助職としての専門性を
どう高めていくか、これはカリキュラム全体の改革も視野に入れる必要が
あるでしょう。

2)実習をどうデザインするのか。
 
 学生が葛藤を感じる大きな原因の一つは「学んだこと,実現したいこと
と実習校とのギャップ」です。本来は実習を担当する教員にも「教師教育
者としての専門性」が求められますが、大学教員においてもこの専門性の
議論が深まっていない現状、そのしわ寄せは学習者に向かっています。大
学教員、学校現場の教師教育者の育成の検討(教師教育者の専門性を育て
る仕組み)、理論と実践の往還の実質化が求められます。

3)教師になる人の「研究の力」とは何か。

 教職大学院に進学して身につけるべき「研究の力」とは何か。教師教育
者における研究の力とはどのような力か。この課題に言及する力は今の私
にはありませんので,課題としてのみ記しておきます。

4)学び・遊びの原体験の塗り替え
 
 私たち自身が学ぶことに没頭し、遊ぶことに没頭する。その原体験をも
う一度学習者として体験し直していくこと。これこそが教師教育の原点だ
と考えています。学ぶってこんなに楽しい。人と一緒に探究することはこ
んなにおもしろい。遊ぶってこんなに豊かなんだ、という腹の底から実感
する体験。この学び手としての喜びこそが、核になるのではないでしょう
か。

 私自身が教師教育者の初任者として,何ができ、何ができなかったのか。
 まだまだ書き切れていないこと、教員養成の「中」に入って見えたこと
は山のようにあります。改めてまとめる機会をつくりたいと考えています
が、一番痛感したこと、それは「現場経験だけで教師教育者にはなれない」
という当たり前のことです。では必要な専門性とはなにか?あらためてこ
の課題を深めていきたいです。

==================================================================
 岩瀬さん、ありがとうございました! 大学院での教師教育者指導の経
験がない私には、岩瀬さんのお話の細部について言及できないこともたく
さんあります。ただ、岩瀬さんご自身が「教職大学院に来ると決まったと
き、正直に申せば、現場での実践経験と、研修やワークショップでの講師
経験、ファシリテーター経験で何とかなるだろう、と甘く考えていました」
と述懐されているところに、重い課題が凝縮されていると感じます。現場
で技量を発揮してきた教員が、大学で教師教育に関わっていくという事例
はこれまでにも多数ありました。しかしようやく少しずつ認識が共有され
てきているように、子ども達を育てるということと、専門職としての教員
を育てるということとは、言ってみれば全く違う領域であるわけですね。
 岩瀬さんの気付きや驚き、立ち往生が、今後の教師教育者養成の現場で
解消されていく、そういう状況が生まれていくといい。私も私の立場から
しっかり発言を続けようと思います。
 本文中にもご紹介がありましたが、私と岩瀬さんの対談が巻頭に所収さ
れた雑誌が刊行になりました。興味のあります方、どうぞお読みください。
 https://www.amazon.co.jp/dp/4761923911/

 いよいよ本メールマガジンも大詰めです。次回、3月23日金曜日は、
佐藤年明さん(三重大学教育学部教授・教職大学院兼担)
3月27日火  藤原由香里さん(京都府八幡市立美濃山小学校教諭、
NPO授業づくりネットワーク副理事長)
3月30日金  塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)
と続きます。お楽しみに!
==================================================================
メールマガジン「教師教育を考える会」
77号(読者数2648)2018年3月20日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
(まぐまぐ:教師教育を考える会)
==================================================================

ドラえもん雑感 - 2018.03.18 Sun

 たくさん人が入っていた、ドラえもん。
 平成ドラえもんの成功の一つは、疑問への丁寧な説明にあると思う。
 冒頭から、なぜ、今回はタケコプターじゃないのか、どこでもドアじゃないのか、そういう説明が入る。だが、ファンタジーだからこそ、設定の精緻さが求められるってことを、作り手側はよくわかっている。その冒頭で客を納得させられれば、後半は畳みかける勢いで押し切れることも知っている。これって、「走れメロス」で太宰が採ってる戦略と同じだよな 笑

P_20180318_093933_vHDR_On.jpg

 最初って肝心なんだ。黄金の三日間とか、いろいろ言われてきたけれど、結局一周して、やっぱり最初が大切なことは間違いないことなんだよな、と思う。


 

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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