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2017-06

【いまのうちに書いておくと】 - 2017.06.01 Thu

 今までの民間教育活動の中で、一番の手薄なところがICT関連という自覚もあり、昨年から少しずつ顔を出して関係づくりをしている。

 そこには先見性にとみ、圧倒的な技量を持つ人たちがたくさんいるってことがよくよくわかった。

 しかし、外からみていると、実感として、実に敷居が高く、閉ざされた場所だと思う。そこは内側にいる人にだけつうじる言葉にあふれている、残念ながら。また、よくわからないが、いろんなグループがあり、相互に微妙な距離感もあるんだと、僕程度の関わりでも見えてくる。

 ぼくは、そういうの苦手だな。

 いやというほど、見てきたんだもの。

 ちゃんと今の実感を書き残しておこう。

【取手は、日本のスタンダードなのかな…】 - 2017.06.01 Thu

 ぼくは28年間の道教委採用の教員としての日々で、大げさでなく、いつもクラスの生徒がいじめで自殺する可能性は普通にあると思っていた。

 その前提には、こどもたちの内面などわかるわけがないという当たり前のことがあった。これは理解や指導の放棄を意味しない。わからないことが前提だったから、一所懸命面談したり、ジャーナルを書いてもらったり、クラス会議したり、したのだ。外からたくさんの人にきてもらったのだ。

 学級も授業も、うまくいっているなんて思ったことは一度もない。

 

取手。この人たちは、全然違うことを優先し、全然違うものを見ているんだな。いろいろ、つらい。

【隠岐島前についてはちゃんと書いておかなくてはいけない】 - 2017.05.26 Fri

江口彰さんにお誘いを受けてお伺いした隠岐海士町は衝撃的な場所だった。

隠岐は日本海に浮かぶ離れ島であり、ここにくるのは簡単ではない。ここで何事かをしようという人たちは、いろんなものを置いて、やっぱりシンプルな私として、やってこなくてはいけないのだろうと思う。

そのシンプルな個が、それぞれ着ていたものを脱ぎ捨てて(もちろん個々の歴史はちゃんと身の内に秘めて)ここで新しい協同を生みだそうとする力のハイブリッドが、海士町の革新を支えている。

もっとも、当初からキーパースンとして活動した人たちは、大変聡明でしかも人間信頼を根底に持っている。その上で、島にあるものを十分に活動の根に据えようとしてきたのだと思う。ぼくは、旭川で若い時期から市民運動に参画したが、ちょうどそれは市民運動が対決主義から協同主義に舵を切りつつある時期であった。またイデオロギー主義からトピック主義に変わる時期でもあった。

たしか、宮本常一の「忘れられた日本人」の中に、隠岐のよりあいの話し合いのことが紹介されていたと記憶しているが、まさにみんなで隙間をなんとなく人々の感情(思い)で埋めるというやり方がこの地にはもともと存在していて、それを海士町のリノベーションに巧みに利用してきたのだなあということも感じる。だから、ここの方法が、他の地にも使える何かを持っているのかは未知数だが、とにかくはっきりしているのは、仕組みを動かすのも、中で動くのも、みんな人だということだ。システムも人材とその結びつきを見ながら柔軟に変えていける(変わっていける)ことを前提としていないなら、うまくはいかないということなんだと思う。

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 学習センターの充実を目を見張るものだった。センター全体の設計が見事に機能して、そこに関わる子どもも大人も、みんなが伸びていく場になっている。これは、誰かの労であるといってはいけないのだろうが、やはり、豊田さんの卓越した見通しがなせるものだろう。

 課題ははっきりしていて、幼保から高校までの本丸の授業の改善、そして先生方の一層のスキルアップだろう。秋田の某村のような、トップダウンの人材集積ではないやり方で、そこの魅力化をどうはかるか。その答えというか見通しも、学習センターの人材育成の中に、もうあるように感じた。

 ここでなら、ぼくができそうなことはたくさんあるなあと思える。3年くらい前だったら、ぼくはこの島にわたってきたかも知れないなあと思った。
 隠岐島前も、ぼくには、自分を映す鏡だった。ぼくは「それ」と対話することで、

自分が何者で、どんな風でありたいかが、その都度鮮明になっていくようだ。ぼくには、まだ、いろんなものに触れ、対話し、自分を映し出していく時間が、もう少し必要なようである。

【定点観測:国立第一中学校へいく】 - 2017.05.26 Fri

国立第一中学校。
井上太智さんを頼って訪問する二回目。
ちょうど先月の今頃一回目の訪問をしたわけだが、今日は井上さんの理科2時間、校内の国語の先生の授業2時間を参観。給食をいただいて帰ってくる。

実は明日が体育大会という日程で、「学び合い」の進展の状況などは、前回との単純比較はできないなあと思った。6月に見ると、多分、ここまでの流れがはっきり見えてくるだろう。読み聞かせは、先日の石橋南小でも扱ったかこさとしの「かわ」。それに「かわ」絵巻。理科の時間に読むには、やはり科学読み物、科学絵本がいいなあと思うのだ。絵巻はやんちゃな子たちにひろげてもらう。ながーい。子どもたちから簡単の声が挙がる。圧倒的だなあ。

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国語の時間に読んだ絵本は長谷川集平「むねがちくちく」。それに、教室にあった読み物を使った、ダウトを探せ。ちょうど旭山動物園の本があったのだ、ぼくの自己紹介をかねることができるし、教室の本へのアクセスの仕掛けにもなるし、都合のいい本だった。

今回は、校舎に入るなり、沸き立つような子どもたちの声を感じた。そうだ。これが中学校の音だ、と思う。体育大会前日ということを差し引いても、前回の学校・教室になかったのはこれ、であった。とすると、やはり学校っというところは、GWを一つの境目にして大きく変容するのだなということを思う。学校の中に居たときは気がつかなかったことがあれこれ見えたり、気になったりして、楽しい。

【見ていただければわかると思いますが】 - 2017.05.21 Sun

 昨日は築地久子さんの姿を20数年ぶりに拝見した。
 青い美しいワンピースとヒール。
 70代の女性とは思えぬ、華やかな姿で、現役時代をほうふつとさせる佇まいであった。
 ぼくは若い時に築地さんに出会って、授業、教室もさることながら、彼女の服装に驚いたのだった。ぼくの周りには、そのように華やかないで立ちで子どもたちの前に出る先生はいなかった。
 昨日のお話をお伺いしながら、ぼくには、そのわけが、つまり、そのような姿で子どもの前に立ち続けた築地さんの思いが、多分「わかった」と思った。

 ぼくもほんの少し遅れてだが、当時、築地学級に瞠目した教師の一人である。関わる文献も丁寧に読んだし、自分がたまごの会のメンバーだったこともあり、当時精力的に分析していた藤川大祐さんのお話も何度か直接おうかがいした。授業づくりネットワークは90年3月、92年9月の二回、築地学級の特集を組んでいて、例えば昨日築地さんがお話されたジャンケン授業の授業開きの話は、まさに藤川さんが取材に入った92年9月号所収の授業(記録)についての語りである。だから、お話の中身については、ほぼ既知のことであった。
 唯一、読んだ記憶のないことは、東京の修学旅行の話で、「常任理事国になるにふさわしい国の首都といえるか」という課題で、東京の修学旅行をするというのは、極めてアイロニカル(皮肉)で、東京オリンピック開催を前に東京詣でを続ける地方の学校の修学旅行の実態に既に20年も前に冷や水を浴びせているような中身であった。
 もう少しだけ書くと、ぼくが最後のクラスの子どもたちと歩いたコンセプト型の修学旅行に、今更ながらどんと背中を押していただいたような気持ちになった。
 そう、修学旅行も、村づくりも、築地さんには、それはそれ、これはこれ、はなかったのだ。
 全部、そういう言い方が許されるなら、「授業」だったわけである。だから、学級開きの一時間めから、ジャンケンの授業ができる。ここが分からない人との、思想的断絶は果てしないと思えた。

 さて、今回の講演会で、もっとも大きな衝撃だったのは、次の場面だった。
 講演の途中で、カルテが配られた。これも、『生きる力をつける授業』(黎明書房)などで、打ちなおしたものではあるが、見ていて、ぼくには既知のもの(現物も昔、たしかにみたことがある)であった。しかし、そこで、築地さんが全く自然に話した言葉が、表題の言葉だった。
 「見ていただければわかると思いますが」・・・。

 いいえ、「見ても」私にはわからないのです。

 築地実践が、個の膨大な記録(カルテ)に裏打ちされたものであることはよくわかっている。
 そして、彼女のようにできなかったのも、そもそもこのカルテ(のようなもの)が作れなかったこと、そして、活用できる能力がなかったことによる、とぼくは思っている。それは、研究的に読み解く能力と言う意味だけではなく、現場でもあれほどのカルテを蓄積していくことは困難で、しかも仮にそれだけの量を書いても、それを有機的に結び付けて、課題を設定していくことは困難だということだ。

 それを、 「見ていただければわかると思いますが」とさらりと言ってしまえる築地さんは、圧倒的な子どもの認知力を背景に、あの実践群を生みだした人なのだ。そして、そのことにひょっとすると、築地さん自身はそれほど自覚的でもないのかも知れないと、そういうことを考えた。

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 教師が教え育てることが、築地さんの実践でもまたベースにはっきりとある、ということがよくわかった。そして、築地実践はその極北の一つということになるのだな。それを突き詰めていくなら、ここまでやれなければならない、ということなのだねえ・・・。

 だが・・・から先が、ぼくが広げていきたい世界、ということになる。
 築地さんご自身も、早くご自分の実践を乗り越えていく実践が登場することを待っているはずなのだ。それも、広くみんなが「見ていただければわかると思いますが」というレベルで提案できるような実践群が。

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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