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2018-07

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教師教育メールマガジン79号、藤原由香里さんです! - 2018.03.27 Tue

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メールマガジン「教師教育を考える会」79号
            2018年3月27日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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くもりのちあめのちはれときどきくもりを抱きしめる
                 京都府八幡市立美濃山小学校教諭
                           藤原 由香里

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 79号は、藤原由香里さん(京都府八幡市立美濃山小学校教諭、NPO授業づくりネットワーク副理事長)です。このメールマガジンでも数度にわたって話題に上ってきた美濃山小学校の校内研修についてを、内側から語っていただきました。  (石川 晋)
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 教育相談についての夏季研修。自分の今の心模様を天気に例え、絵に描き語らう。お互いのことを語り合う中で教師自身が自分の心を大切に感じたり、互いを愛おしく思えたりする時間。「こんな研修がいいわ。」同僚が見せたほっとした表情が忘れられない。果たして、そんな時間がこれまでの校内研修の中にどれほどあっただろう。子どものことは、いつだって知ろうとしているというのに。

 私自身が同僚を相手に研修をする。「これが大切」「あれを変えないといけない」……話を聞く同僚が見せる不安げな表情。曇る彼らの顔を見ながら、私は、正しさで同僚を傷つけている、と思う。

 教えるということ、学ぶということは、喜びや楽しさだけではない。
 とりわけ、大人になってからの学びは、痛みを伴い、時に自分を否定され、傷つくものだ。
 しかし、教師であるならば、それでも学び続けなければならない。
 だが、教師である自分自身が大切にされないで、どうして子どもたちを大切にできるだろうか、とも思える。

 私の今の仕事は、一人ひとりの教職員が大切にされる校内研修づくりを同僚と一緒に試みることである。
 今回、校内研究の一端をメールマガジンで書き記すにあたり、ラジオ番組の対談風に、書いてみることにした。
 なぜにラジオ番組?
 最近、車のカーステレオが壊れCDが聴けないので、もっぱらラジオを聴いているから、ということにしておこう。
 パーソナリティは架空の人物・平川さん。このメルマガ執筆者の中で、時々私の聞き手となってくださる方の名前とキャラクターをお借りした。誰かはご想像におまかせします。
 この書き振りが成功したかどうかはわからない。
 ただ、「やったことのないことをやってみる」という研究の途上に、本稿を位置付けてみたかった。
 では、はじまりはじまり。


/////////MM802.『ティーチャーズレディオ』放送開始///////////

平川:午後10時となりました。毎週火曜・金曜にお送りしている『ティーチャーズレディオ』。パーソナリティーの平川(以下、平)です。教師教育をテーマに多様な方をゲストに迎え、思い出の曲をまじえながらお話を聞いてきました。いよいよ、最終回が近づいてきたわけですが、最後までラスト2回、となった本日のゲストは京都府八幡市立美濃山小学校教諭の藤原由香里さん(以下、藤)です。
藤原:こんばんは!よろしくお願いしまーす。
平:よろしくお願いします!藤原さんにお会いするの、1月の美濃山小学校での公開研究会以来ですねえ。
藤:そうですね。あの時は見に来てくださって、写真撮影までしていただいて、もう、職員大喜びでした!
平:いやー、めちゃくちゃいい写真だったでしょ?
藤:はい。もう、子どもも職員も、こんないい表情してるんだ!って、心底感激しました。
平:いやいや、よかった。まあ、今日は、その研究発表会の裏側も含めて、色々、つっこんだ話を聞いていきたいと思います。


//////////////////// 1 ゲスト 自己紹介 ////////////////////
平:では、まず、自己紹介をお願いします。
藤:はい。八幡市立美濃山小学校で研究主任をしています藤原由香里です。現在教員12年目です。
平:藤原さんは、初任の時に、あの糸井登さんと同じ職場だったんですよね?
藤:はい、そうなんです。ちょっと詳しく自己紹介をしますと、私、2006年春、兵庫教育大学を卒業して、京都府宇治市立平盛小学校で新規採用教員として働き始めたんですね。で、そこで、職員室の机の向かいの席に座っておられたのが糸井登先生(本メールマガジン11/14発行号執筆者)だったんです。
平:わーお!
藤:その頃、精力的にアーティストや企業との協同による授業づくりを手掛けておられて、「今度、ダンサーと一緒に理科の授業をするんだよ。」「演劇を使った算数の授業を劇団の人と企画しててね……。」というような話を聞いて、もうね、びっくりするやらうれしいやら!
平:そりゃそうや。
藤:私自身、大学時代にモダンダンスや即興表現に夢中で、現場に出たら子どもたちと表現活動をしたいという夢がありましたので、本当に、神様に導かれたようでした。
平:うーん、めちゃくちゃすごい!運命的な出会いですね。
藤:そうなんです。糸井登先生という創造的な先輩教員との幸せな出会いから教師生活がスタートしました。糸井先生には原稿の書き方や助成金申請のコツ、授業づくり、生徒指導、学級経営、研究主任としての姿、たくさんのことを教えていただきました。
平:ほうほう。
藤:その後、新採3年を終えて、現任校の八幡市立美濃山小学校へ異動。2年間勤務した後、休職し、兵庫教育大学大学院教育コミュニケーションコースに通いました。自分自身の中に当初あった問題意識が、学校現場に馴染むに連れ、消えかかっていくことへの焦りがありました。同時に、学校現場で働きながら、湧き上がってくる自分のやり方、あり方はこれでいいのだろうかという疑問。このまま教師を続けていいのだろうか。一度立ち止まって、学校現場の外から、教育について考えたい。そんな思いで大学院の扉を叩きました。
平:なるほど。5年働いて休職……上手にインターバルをとったのですね。大学院では、どんなことをされていたんですか?
藤:大学院での2年間は、様々なワークショップの現場に出入りしながら、当時学んでいた即興演劇を教育のメタファとしてとらえ直すことを試みました。学ぶことの楽しさを味わい尽くすとともに、研究者となったつもりで論文を書いたり、学会で発表したりと、「やったことのないことをやってみる」ことで、その人がこれまでの自分とは別の自分になっていく、という感覚を得ました。論文には、ロイス・ホルツマン博士の論を援用しながら、即興演劇のワークショップ中のパフォーマンス分析をしました。
平:こちらですね。じゃん。『学びの新しいメタファとしての即興演劇ー相互行為の中で創造される意味とパフォーマンスー』。即興とか、演劇とか、現在の活動ともつながっていますね。


/////////////////// 2 大学院での収穫 ////////////////////
藤:はい。ただ論文の内容以上に、研究方法や研究者としてのあり方を学べたことが、大学院での大きな収穫でしたね。
平:と、いうと?
藤:んー、大学院で出会った質的心理学研究法のひとつ「フィールド・エスノグラフィー」の考え方に大きく影響を受けました。というのも、教員として学校で働いていた時は、正直、学校文化のネガティブな側面が目につきがちで、「なんで学校ってところは……」と思いがちだったんです。
平:ふんふん。
藤:でも、大学院生と言えども、研究者として学校現場に入ることになった時、「その現場の社会文化を尊重するまなざし」がなければ、その文化の本当の姿が見えて来ないということを知ったんです。
平:ああ……立場や関わり方が変わったことによる変化ということなんでしょうか。
藤:そうですね。大学院生という立場ではありながら、研究者の「ふり」をして学校現場に関わった……まぁ、つまり、これまでとは異なる立場や姿勢で「学校文化」と関われたこと、また、学校というコミュニティの人間でありながら、その外の人間でもあるという曖昧な存在……周辺的な存在となったことが、自分自身にはよかったのかなって思います。
平:周辺的ねえ……。
藤:そうなんです。なんていうか、あるコミュニティの外に出ると、やはり、中に入りたい、戻りたい、よき理解者として寄り添いたいという気持ちが出てくるんですよ。一方、外にいるから感じられることがあることにも気づく。その曖昧さや寂しさ、不安を経験したことが、私にはよかったですね。学校を外から見て、学校文化を尊重する立場で学校と関わり直したことで、私の中の学校文化に適応しきれない部分やネガティブな感情がよい意味で消え、謙虚な姿勢で学校との関係を再構築していけるようになったように思います。
平:なるほど。それは面白い話ですね。
藤:はい。で、大学院修了後、勤務校に戻り、3年間学級担任をした後、2016年度、2017年度は研究主任兼国語専科をして、4年生?6年生の授業と学校全体の研究に関わっている、という感じです。
平:ほうほう。今年の研究発表会の様子は、このメルマガでも渡辺貴裕さん(66号)や平井良信さん(70号)が取り上げておられましたね。では一曲お聴きいただいた後、研究発表会の話に移りましょう。リクエスト曲をご紹介ください。
藤:はーい。では別れと出発のシーズンということで、タテタカコさんの『テクテク、イキテク、アルイテク』をお願いします。
平:では、お聴きください。

////////////////////音楽、流れる////////////////////


/////////////////// 3 校内研究の話 ////////////////////
平:後半は、先ほど話題にもあがっていた美濃山小学校での校内研究の話を聞いていきたいと思います。京都府教育委員会の研究指定を受けられているんですよね?
藤:はい。平成29・30年度京都府教育委員会指定「学力向上システム開発校」です。この指定は、学力向上に関わる研究であるということと、教職員が異動しても、学力向上のための仕組みが校内に残っていく、そんなシステムづくりに重きが置かれている研究です。
平:なるほど。ユニークですね。研究主題は?
藤:「表現活動を取り入れた主体的・対話的な授業の創造 ー表現しながら理解を深める学習者を育てるー」です。具体的には、演劇的手法を授業に取り入れながら、「自分以外の他者やものに“なってみる”」という学び方を通して児童の理解が深まるような授業づくりを全校で研究しています。古くからの研究仲間の渡辺貴裕先生(東京学芸大学教職大学院准教授)に、指導に入っていただいています。
平:ふーむ。その、「演劇的手法」、もう少し詳しく教えてください。
藤:演劇的手法は、全身の感覚や想像力を使った表現活動です。上演を目的としたり、上手に演じたりするためのものではなく、「誰か・何かに“なってみる”、状況や立場に“身を置いてみる”ことを通して、体験的に学ぶ学び方」です。動作化やロールプレイも、演劇的手法の中に含まれます。
平:そうですか。そう聞くと、ちょっと身近なものに思えてきました。この間の研究発表を観に行った時も、子どもたち、すごくいい表情をしてて、いきいきと学んだり自分の言葉で語ったりしている姿が印象的でした。
藤:ありがとうございます。そうですね。演劇的手法は、なにか特別なものというよりは、表現しながら思考を共有したり、深めていったりする思考の道具のひとつ、と考えていただければと思います。「あ、役になって動いてみたら、教科書の文章を追っているだけではわからなかったことが見えてきたぞ。」「その人の立場に立ってやりとりすると、新しい視点で考えられる!」、こんなふうに、“なってみる”ことで気づきが深まり、理解が促されることを目指しています。
平:なるほど。


/////////////////// 4 研究の背景 ////////////////////
平:でもねえ、演劇的手法って、なんていうか、もう、ほんとにニッチな分野なわけでしょ?そういうのを学校全体で研究するっていうことになった時の先生たちの反応って、正直なとこ、どうだったんですか?
藤:あー。笑 まあ、もう、不安だったと思いますよ……。私も不安だったし。
平:ですよね。演劇的手法を使ってる人って藤原さん以外にいたの?
藤:いえ、いません。私自身も、専門家でも、演劇を学んできた人間ではないですし。全校的に演劇的手法を活かした授業づくりに取り組んでいる学校ってほとんどなく……まぁ、本当に試行錯誤ですよね。
平:校内の反対とかは?
藤:もちろん、不安な方はおられたと思いますが、表立って反対とか対立とかはなく、わからないなりに、やってみよう!という感じでした。渡辺貴裕先生や英語芸術学校MARBLES主宰の小口真澄先生にワークショップをしていただいて、教職員みんなで演劇をして、楽しい時間を味わったこと、「表現しながら理解するってこういうことね!」という、ブレイクスルーを共有したことは、大きかったですね。
平:ふむふむ。
藤:そういえば、この研究に取り組むことになったきっかけは、校内の研究授業で演劇的手法「ホット・シーティング」を使った国語の授業をしたところ、職員から好評だったことなんですね。是非やってみたい、という声が職員から上がったり、みんな自然に「ホット・シーティング」を使い出して、廊下をすれ違う時に、「藤原先生、『モチモチの木』でホット・シーティング使ったら、すごい面白かったです?。」みたいな報告をされたり、いい感じの波及効果があったんです。
平:おー。そういう共感や楽しい、面白いっていう感情が研究のベースにあったんですね。
藤:そうなんです。理論ベースというより、共感ベースですね。
平:それで、腑に落ちました。こんなニッチな分野の研究を学校全体でできる理由、納得です。
藤:そうですか。笑


/////////////////// 5 校内研究システム ////////////////////
平:じゃあ、もうちょっと突っ込んでみたいんですけど、藤原さんの小学校では、校内の研究システムにも、演劇的手法を活かしているということですが、授業に、というのはイメージできるんですけど、校内研修に演劇的手法を生かすって、どういうことなんですか?
藤: えーっと、具体的には「教師自身が学習者に“なってみる”」ということです。
平:学習者に“なってみる”?
藤:はい。まあ、シンプルに言うと、教師としての帽子をぬいで、まず、学習者として、教材を遊びながら言語活動をつくってはこわし、また遊びながらつくりを繰り返しながら授業をつくり、振り返りと改善を行なっていく、という授業研究のシステムです。
平:ふーむ。もう少し具体的に教えてください。
藤:はい。教師が学習者に「なってみる」のは、主には3つの場面です。まず「活動試行」。授業構想の段階で、実際に身体を動かして場面をつくってみたり、演劇的手法を使ってみたりしながら、教材研究をし、言語活動を創造していくことです。ここでは、ずばり、「つくってみる」。
平:おお、楽しそう。
藤:楽しいですよ。一番創造的な時間です。みんなで、あれこれ、自分の身体感覚を使いながら学習環境、教材を動きながら生み出していくのです。
例えば、実際の活動はこんな感じ。

「◯◯先生、主人公役やってみて?。」
「じゃあ、私、相手役やりましょか。」
・・・実際に役を決めて動いてみる・・・
「おお、このやり方だと、めっちゃ主人公の揺れ動く気持ち、追体験できますよ!」
「よし、じゃあ、動く前と後で、気持ちを一言ずつ語ってもらったら、さらに変化がよくわかるんじゃない?」
「いいかも。そしたら、こういう小道具も使ってみたら?」

藤:このように、動きながらだと、どんどんアイデアが生まれます。まるで、舞台の創作現場みたいなんです。
平:へえ!それって、既にある手法を使ってやるんですか?
藤:そこが実はおもしろくって、既にある「ロールプレイ」とか「ホット・シーティング」のような手法をベースにしながらも、その教材の持ち味や授業のねらいをふまえて、最終的には自分たちでアレンジを加えたりつくりかえたりして、美濃山小オリジナルの手法が生まれていくって感じなんです。
平:おー、それは、本当にクリエイティブですね。つくりかえられるっていうのがいいなあ。
藤:はい。続いての段階は、模擬授業ワークショップ。ずばり「やってみる」!
学年ブロックごとに、教員相手に演劇的手法を活用した言語活動を実施してみて、学習者としての実感を出し合い、活動を練り直していきます。ここで、「ワークショップ」と名付けているのは、指導案はこの段階では作っていなくて、この授業をしながらも、どんどん作り変えていくからです。
平:ああ、それは新鮮ですね。
藤:あと、模擬授業を受けるといっても、「子ども役」というよりは、「学習者の一人である自分」として受けるのが通常の模擬授業とは違うかなって思います。変に子どもっぽく演じたりはせず、ガチで教師自身が学習者になってそのままの自分で体験します。そうじゃないと、自分の学習者としての感覚を働かせられないので。
平:おお。「授業ごっこ」じゃないんですね。
藤:はい。違いますね。で、最後の段階の「追体験」は、研究授業後の事後研で行います。授業で児童が行なっていた言語活動を実際に、体験してみて、そこでの実感を拠り所に授業の意味を語り直していくことです。ずばり……
平:「なってみる」ですね!
藤:そうです!でね、これがすごいんです。今年1月の研究発表会でも、その事後研の様子を「教職員劇」でレポートしたんです。平川さんも、すごく気に入ってくれてた、あの教職員総出の劇ですね。ちょっと、その再現映像、お見せします。
平:おお!あれですか! では、リスナーのみなさんは音声のみですが、お楽しみください!


//////////////////// 研究発表会での教職員劇 「事後研でのエピソード」の再現部分を視聴 //////////////////// 
研究主任「はい、では、今日の事後研では、まず、先生方に、今日、観ていただいた授業の中心部分の活動を体験していただきます。授業者のA先生、お願いします!」
(A先生)「はーい、では、みなさん、主人公・ケンタくんになってココロ会議(三人組で、主人公の心の中にいる色んな立場になり、やりとりをしながら心情理解を深める手法)をしてみましょう。」
(ナレーション)このように、実際に、事後研究会では授業の中心場面を再現し、子どもたちと同じ学習活動を追体験し、その後、実際に子どもと同じ活動をして感じたこと、参観した時との印象や感覚の違い等を交流しました。
(B先生)「いや?、授業をみた時は、なんで、子どもたち、あんなに迷うんだろうって思ってたんですけど、実際に自分がやってみたら、すごく気持ちが揺れました。子どもたちも、今日の授業でこんな感じだったのかなあ。」
(C先生)「道徳の授業って、どっちかが正しいという答えを出すべきではないし、今日みたいな授業だと、嘘をついてしまった主人公の立場にも共感的に寄り添える気持ちが育つんじゃないかなあ。」
(D先生)「ああ、それこそが、道徳で育てたい子どもたちの姿だと言えるかもしれへんねえ。」
(E先生)「授業見てただけではわからなかったことが、実際に学習者の立場になってやってみることで、わかることがたくさんある気がします。」
(F先生)「そうやんねぇ。客観的に見るのと、実際に自分が体験するのは違う。子どもも、ロールプレイをするまでは、嘘をつくのはよくないっていう意見が多かったけど、実際にココロ会議をやっていく中で、ケンタの置かれた状況や立場への共感的な理解も増えていってたしね。」
(G先生)「子どもにしても、大人にしても、やってみるって、すごい可能性がありますね!」
////////////////////映像視聴、終了////////////////////


藤:とまあ、こんな感じです。
平:うーん!なんだか、もう、やってみなきゃ、わかんないって、感じだね。
藤:そうなんです。「やってみないとわからんね」は、うちの学校の合言葉です。特に授業づくりに関しては、ああだこうだと議論を尽くすのではなく、「とりあえず、やってみて、考えよう」ということを大事にしています。「やってみたら、何か見えてくる」という実感を積み重ねられたことも、そう言える自信につながっていると思います。教職員アンケートでも、学習者の体験をすることが、研究の助けになった、という割合がすごく高くて、手応えを感じています。まさに、「表現したら理解が深まる」を実感中なのです。
平:なるほど。

/////////////////// 6 不安の話 ////////////////////
平:じゃあ、逆に、演劇的手法の難しさ、大変さって、どんなところですか?
藤:それは、もう、言葉の説明ではわかりあえない、伝わらないことかなあ。「表現したら理解できるけど、表現なしでは理解してもらえない……うわーーーー涙。」という感じです。
平:笑。なるほど。それも一貫してますね。
藤:はい。あと、前例がないこと。あまり見たことのないことにチャレンジしているので、本当に不安が大きいです。例えば、研究発表会で劇をやるということにしろ、全体会をワークショップ形式でやることにしろ、会場デザインにしろ、これまでみんな見たこともやったこともないことなんですね。で、私がいくら説明したところで、みなさん、もちろん不安そうでした。
平:ちなみに劇をしますって言った時の反応は?
藤:そりゃあ、みんな、口には出しませんけど、ドン引きですよね。笑 でも、藤原が言うなら、もう、やるしかないか……、というあきらめモードもあったかも。笑
平:ははは。当日はみなさん、すごくいきいきと楽しそうでしたけど。
藤:はい。研究主任としての私の中には、「やる前は不安でも、やってみたら、きっとその活動の意味がわかるし、よかったと思えるだろう」という確信があるんです。それは、不安と交互にやってくるんですけど、でも、確信です。
平:藤原さんにはイメージがあっても、それを形にする方は、イメージの共有がしにくいだろうから、不安も大きいでしょうねえ。
藤:そうですね。だから、研究主任としての私の役割は、そういう見えないものを想像する人、まず最初に立ち上がる人、やってみたら必ずいいものが生まれるということを信じ続ける人でいることだと思っています。
平:形のないものを形にしていくことの大変さが、すごく伝わってくる話でした。まあ、その先生たちの苦労の上に、この前の研究発表会が目に見える形となって現れたわけで、ものすごいインパクトでしたし、何かを創造するっていうのは、本当に大変ですけど、研究の醍醐味ですね。
藤:そうですね。自分自身が創造的な人間であると思える経験、自分たちが生み出したものが喜ばれる経験は、間違いなく自分を大切に、愛おしく思えるということにつながっていきますからね。そういう意味では、すごくセラピューティックな研修となりえるのかもしれません。大変ですけど……。
平:なるほど。

/////////////////// 7 先生たちの変化・成長 ////////////////////
平:研修ということで言えば、先生たちの変化とか成長って、どんなところで感じますか?
藤:それはですね、特に、経験年数の浅い先生が、研修で意見が言いやすくなって授業づくりや研修が楽しくなったって言ってくれるところかな。研修にすごく活気が出てきました。ある先生は、「言葉での議論になると、どうしても経験年数に左右されて、なかなか若手は意見が言いにくい。でも、“なってみる”体験を通して、自分が感じたことなら、語ることができる、と。そこから参加しやすさが生まれていった」と語ってくださっていました。
平:なるほど。教員のコミュニケーションや関係性にも変化が出るんですね。
藤:はい。これは、演劇の力だと思います。子どもにも、同じことが起こりますので。あと、フラットな関係性で対話できるようになったこと。新任も栄養教諭も司書も校長も、「学習者になってみる」活動では、経験年数も職域も超えて、みんな「一学習者」。実感を語る時には、経験に左右されない。発言も平等にできる。これまでの議論と明らかに変わりましたね。今年異動してきたばかりの先生や学校図書館司書等の担任として授業を教える立場でない職員からの「研究楽しい」「事後研が
いやじゃなくなった」「楽しみながらできる」の声は、何より励みになっています。
平:そういう関係性をフラットにしたり、コミュニティのクリエイティビティを引き出したりすることも、演劇的手法を生かした研修の特徴と言えそうですね。
藤:そうですね。あと……教材研究の仕方も、変わりました。例えば文学作品だと、動いてみると、全然見えてくる世界が違います。教師が、演劇的手法を使って授業をつくりあげていく中で、作品の面白さや協同的に作品を読むということの意味合いを実感していくのが楽しいです。「腑に落ちる」感じがある。同僚とは、言葉だけでやりとりしている授業を見ると、「ロールプレイしないともったいないって思えてくるよね。体動かせばわかるのにって思っちゃうね。」なんて話したりもします。
平:なるほど。そういう学習者としての身体感覚も、お互い共有しつつあるのかな。


/////////////////// 8 学ぶことの痛み ////////////////////
平これからの展望や課題はありますか?
藤:課題はたくさんありますよ。でも、やってみるとわかる、ということをまず教師が実感したのは大きかったですね。ただ体験重視なので、時間の確保は必須。来年度は、勤務時間内にどのように研究時間を確保していくかも模索していきたいと思っています。カリキュラムのこと、評価のこと……まだまだ課題もありますが、授業を作るときに、「まず、身体を動かしてやってみる」「そこでの実感を拠り所にしながら授業をつくっていく」そのことを通して創造的な授業を作っていくことにチャレンジしていきたいと思います。
平:いやー、聞いている分には、楽しそうですね。
平:最後に、もうちょっと、苦しんでいる話が聴きたいです。笑 研究主任としての悩みとか、ないんですか?
藤:いやいや、だから、日々悩んでますよ…。どうしたら、先生たちがエンパワメントされる校内研究にできるだろうって、頭を悩ませてます。今、新しい研究に取り組んでるでしょう。ベテランの先生と話すと、「自分のやり方がこれであってるんかなって不安になる。」「講師の先生の話を聞くと、いつも、“ああ、これまでの私のやり方は間違っていた……”と自己嫌悪になる。もっと学びたいと思う。」という話をされるんですね。もう、胸が苦しくなります。でも、教師という仕事は、学び続けることが仕事。その痛みから逃げることはできないんですね。
平:ああ……。
藤:新しいことを学ぶということは、痛みを伴うことなんです。それまで自分が信じてきたことを変えないといけなかったり、自分の経験を否定しないといけなかったりする。それは、すごく、傷つくことなんです。
私は、新しいことを学ぶことが好きですし、どんどん変化することを、ある程度楽しめる人間ですが、そうでない人もたくさんおられますし、私も、その気持ちはよくわかります。
教師は、どんどん学ぶこと、変わることを要求されますし、そういう意味では、常に学ぶことの痛みを、強く感じなければいけない仕事だと思います。そうであるならば、やはり、教員一人ひとりの学びや自己存在、尊厳が大切にされる環境、学びの場を保証しなければならない。そして、学ぶことの痛みも、喜びも、共に分かち合えるような関係でありたいと思います。
平:うーん。子どもと同じように、教師も、学ぶ場で、学ぶ人として大切にされる…同型性ということですね。
藤:はい。子どもたち同様、教職員も学ぶコミュニティを、自覚的につくっていく必要があるなと思います。
今、ちょうど人事異動のシーズンで、別れがつらいんですね。
でも、その別れのつらさ、痛みを、残ったメンバーで分かち合って、また残されたメンバーでいい学校をつくっていくしかない。痛みを共に分かち合う人がいる、ああ、学校で働いていてよかったな、って思います。
学ぶ喜びは、一人でも、学校外の人とでも分かち合えますが、学ぶことの苦しさ、難しさ、痛みは、現場を共にしている人とだから分かち合えるものであるとしみじみ思います。だから、同僚は大切にしたい、される職場でありたい、と思います。
平:なるほど。来年度、本発表ですね?
藤:はい。2018年11月30日(金)を予定しています。
平:観に行きます。写真も撮ります。楽しみにしています。
藤:ありがとうございます。よろしくお願いします!
平:では、そろそろお時間です。最後、リスナーのみなさんにメッセージを。
藤:はい。教師がよき学び手であること、そのために、学ぶことを楽しみ、自分たちの創造性を実感できるような研修をつくっていきたいと思っています。自分たちの学びの場を豊かにつくることができる、学びにセンシティブになれる、そのことが、日常の学習の場を充実させていくと思います。是非、みなさん、これからも情報交流しながら、教員も子どもたちも豊かに学びながら幸せに生きられる社会をつくっていきましょう。
平:ありがとうございました。では本日最後の曲は……
藤:湯川潮音さん『その日わたしは』。
平:では、みなさん、曲を聴きながらお別れです。次回は金曜日、最終回のティーチャーズレディオでお会いしましょう!
平・藤:さようなら!

//////MM802. 午後10:30『ティーチャーズレディオ』放送終了//////

//////////////////// 番組からのおしらせ ////////////////////
(1)  藤原由香里 website : https://tururatta.jimdo.com
修士論文の要旨や目次はworksよりご覧になれます。
(2) 八幡市立美濃山小学校の公開研究発表会についての情報が欲しいという方は、藤原個人宛てにご連絡ください。
Mail : kaicook@gmail.com
Facebook : https://www.facebook.com/Yukaicook
(3) 今年度の研究紀要を抽選で1名様にプレゼントします。ご希望の方は、kaicook@gmail.com まで【お名前・メールアドレス】を添えてご応募ください。3/29(木)24時〆切。
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 藤原さんありがとうございました。
 DJ方式での校内研修のプロセス報告、とてもおもしろかったです。ただ、ちょっとイレギュラーな原稿なので、これまでと書式を変えて発行しました。プラウザやメーラーによっては、読みにくい方もいらっしゃるかも知れません。ご容赦ください。
 藤原さんが研究主任を務める美濃山小学校の校内研修については、これまでも本メールマガジンで渡辺貴裕さんご執筆の66号、平井良信さんご執筆の70号などで、取り上げられて紹介されています。そちらと合わせて、ぜひお読みください。
66号 http://suponjinokokoro.blog112.fc2.com/blog-entry-3155.html
70号 http://suponjinokokoro.blog112.fc2.com/blog-entry-3172.html
 私も校内研修に関して、同型性を大切にしてきました。かつて道徳の公開研修会を行った時には、ロールプレイ型の授業については、授業検討会をロールプレイで行う。ワークショップ型授業なら検討会もワークショップで、というように。
 今回の文章を「対話」ベースで書きしるすという「冒険」も、藤原さんらしいアプローチだなあと感じました。

 いよいよ本メールマガジンも大詰めです。正規の号は、3月30日金曜日。塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)の号をもって、修了です。
 その後、31日にこれまでの全号のインデックスを私がまとめたものを発行します。それで本メールマガジンの締めとなります。
 いろいろな問い合わせがありますが、もちろん、これっきり、今後の発行は一切しません。後少しお付き合いください。
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メールマガジン「教師教育を考える会」
79号(読者数2653)2018年3月27日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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個別・協同・プロジェクト化の融合実践としての『わたしたちの「撮る教室」』のことを、もう一度書いてみようと思う - 2018.03.25 Sun

 2015年の中学校3年生のクラスの生徒、そして写真家小寺卓矢さんと私、さらに編集の加藤愛さん、4者のコラボで創った写真絵本が、『わたしたちの「撮る教室」』(学事出版)だった。「撮る教室」はもちろん「飛ぶ教室」のもじりである。

わたしたちの「撮る教室」
小寺 卓矢 石川 晋 石川学級41名の生徒たち
学事出版
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 この絵本について、もう一度書いてみようと思う。
 まずこの絵本は、小寺卓矢さんが一年間にわたって、ぼくらのクラスに入った、その記録でもある。小寺さんは、生徒が存在証明としてのクラス写真集を創る、その助け手という名目でクラスに入ったが、基本的には、「撮る、撮る、撮ってみる」という日常そのものの促しが一番の役割であったといっていい。

 私の目論見は、子ども達が、個別・協同・プロジェクト化された、(結果的・必然的に)教科横断的な取り組みをプロが撮影して写真絵本として残す。そのことで、ぼくらのクラスでぼく(ら)が考えていることが、「わかる人にはきっとわかるはずだ」というかなり暴力的な装置として機能させたいということであった。個人的には、岩瀬直樹さんの『きょうしつのつくり方』(旬報社)への私からの返歌の意味もあった。

 この絵本の構造を説明すると、
①写真絵本の写真のほぼ全部(一部は生徒のものと私のものもある)は、小寺卓矢さんの写真である。
②テキストは、小寺さんが全て書下ろし、石川と加藤との三者で精査したものである。
③生徒が創った写真集は一緒につけることは単価的に難しく、巻末のURLからデータをダウンロードできる形にした。

ということである。

 表表紙の見返しには、始業時間を指した時計とまだ何も始まっていない「教室」がある。
 裏表紙の見返しには、就業時間を指した時計と生徒が一年間かけて撮った写真の一部が壁面を埋め尽くした形の「教室」がある(ちなみに、壁面上部に掲げられた校訓は、生徒の写真で覆い隠されてしまっている形になっている)。

 実はぼくらのクラスには、通年で取り組んでいることが、この写真集づくりだけでなく、他にもいくつかあった。例えばライティングワークショップと作品出版、パーソナルポートフォリオづくりなどなどである。
 実際、写真集づくりへの取り組みは、千差万別だ。年間一千枚に及ぶ写真を撮りためた生徒もいる。一方で30枚しか取らなかった生徒もいる。生徒にはその表現媒体への適性、興味があり、対応はまさに「個別」である。それは年間を通じた大単元構成になってるからこそ、許されるわけである。教科横断的に行うことで、支援学級在籍の生徒も、自在に学習参加ができる。
 一方で大切な事実は、すべての子が適性を示したりしないということだ。ただし、生徒の何度もの話し合いの中で、全員が作品を持ち寄ることで、クラスを表現することにしたいということだけは、コンセンサスを得ているわけであり、結果として全員のページが当然ある。

 そもそもこの実践について、読者と一緒に考えたいことの一つは、この実践がどのようなプロセスを経て実践可能であったかということでもあった。そこに思いを馳せてほしいというのは、やはり少し難しいことだっただろうか。
 小寺さんは、実は8年間の上士幌中学校在籍の中で、育児休業の一年を除き全て入ってプロジェクトを組んでいる。
 初年度に入っていただく名目は、校舎建て替えの時期に合わせて、生徒が校舎建て替えと引っ越しの日々を記録写真として残す、そのためのアドバイザー、である。これは、地域の学校である上士幌中学校にとってはまさに渡りに船であった。最後は、町の公民館を借りて、写真展を開催する形で、プロジェクトを完結させる。こういう入り方にすることで、以降、小寺さんが学校に入ってくるハードルはぐうっと低くなったわけである。

 続くぼくのクラスでは、この作品の制作背景と同様、一度存在証明としての写真集づくりを実施している。
 そして、最後の上記の学年でのプロジェクトへとつながっていく。
 デジタルカメラは、このプロセスの中で、何年かの時間をかけて、生徒が全員取り組めるだけの台数を学校で整備するという流れを取った。
 つまり、「撮る教室」プロジェクトまでに、地域。教職員のマインド的にも、実際的なツールの確保についても、校内のコンセンサスを得られるような手順を丁寧に踏んでいる。実践のこのあたりにまなざしを向けられるかどうかで、この実践の示している方向が見えるかどうかが決まるのだと思う。

 もう一つは、写真・テキスト情報など、個人の肖像権や著作権にあたるものの開示についての許諾を取ったということだ。
 今クラスに関わる個人情報の大半は、テキストなら仮名、写真ならぼかしが入る。だが、クラス実践の「生々しさ」は、すっかり薄まり、実践記録としての強さが薄まってしまった。もっといえば、多くの本は、結局、どこにでもある記録という体裁でしか成立しなくなった。教育書のマニュアル化・ハウツー化の背景にはそうした問題も色濃くある。そこを、粘り強く関係する様々な形の覚悟で潜り抜けた本がこの本だった。開示することの意義や価値を保護者や子ども達が共有してくれたことに感謝しかない。そういう意味でも、今、本当に数少なくなった、「本当の」本なのである。

 もう一度この絵本を基に、学ぶ場を創ってみようと思う。
 一緒に創りたいという方、どうぞお声がけください。

 



教師教育メールマガジン77号、岩瀬直樹さんです! - 2018.03.20 Tue

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メールマガジン「教師教育を考える会」77号
            2018年3月20日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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現場の教員が大学の教員になるということ
                  東京学芸大学教職大学院准教授    
                            岩瀬 直樹

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 77号は、岩瀬直樹さん(東京学芸大学教職大学院准教授)。「教師教
育初学者」としての丁寧な振り返りと分析です。
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 私は22年間小学校教員を経験した後、東京学芸大学教職大学院の専任
教員として3年間を過ごしてきました。大学教員としてどんなスタートを
切ったのか。その中で何を感じ,何を考えたのか。何をして,何ができな
かったのか、何を課題と感じているのか。このメルマガの執筆の機会に、
素直に振り返ってみようと思います。

〇戸惑う日々
 
 教職大学院に来ると決まったとき、正直に申せば、現場での実践経験と、
研修やワークショップでの講師経験、ファシリテーター経験で何とかなる
だろう、と甘く考えていました。しかしいざ学卒院生、現職派遣の院生の
皆さんの前に立ち、すぐに「教師教育者としての私の専門性とは何か?」
ということを突きつけられたのです。大学院の授業をどうしたらよいのか、
研究指導をどうすればよいのか、研究室運営はどうするのか、そもそも教
師を育てるとはどういうことなのか。実践経験での自信が吹き飛び,自身
の無力さに途方に暮れました。

 そこで私が先ず始めにしたこと、それは同僚、渡辺貴裕さんの授業を参
観させてもらうことでした。彼の授業は、彼が研究してきた教育方法を活
かした,知的にも方法的にも高度な授業でした。ジグソー法を活かしたグ
ループワーク、論文を一読総合法で読む等、学問と授業方法がリンクして
いたのです。生々しくて恥ずかしいですが、当時の私の参観メモを抜粋で
ご紹介します。(※は私の気づきメモ)

             *  *  *

 授業名「授業研究基礎」

1,講義「授業を研究する上での2つのアプローチ」

 ア,複数の事例の共通点に注目し、規則性を見出す。 法則定立的

 イ,個別の事例に則して、その意味を掘り下げる。  個性記述的

 「アでは規則性の中でそぎ落とされることがある。イでは具体的な出来
事を基に『こんな意味があるのではないか』と考えることができる。実践
記録は、アにあたる。」

2,算数の「重さ」で10分で模擬授業を考える。

※実際に自分で模擬授業をしてから(予想してから)文献を読む。仮説実
験授業的でおもしろい!

※ファシリテーションをいれるといい。渡辺さんの問いで指名していくの
は場に緊張を強いるなあ。例えば、「近くの人と話してみてください」と
ペアトークを入れるだけで違う。

3,実践記録を途中まで読む『体験から学ぶ算数』(算数 重さ)

「みなさんだったらどんな風に展開するかなあ」

1)2分、個人で考えて見てください。Think
2)テーブルで意見交換してください。Pair

※場が和んだ。
※自身で考えてみてから,記録を読むという構造化。

「続きを一人一段落ずつ読んでいきましょう。」
「感じたこと、気づいたこと、疑問を書き込んでいきましょう。」

※なるほど。自分がやってきたブッククラブ方式だ。一人のThinkの時間
を重要視している。

※「答えがあるわけではないので気楽に書き込んでください」というイン
ストラクションがとても大切。渡辺さん、優れたファシリテーター。

※院生は学び上手。モチベーションがあるのでグループワークが機能する。
より高度なグループワークにいける。

「グループで紹介し合ってください。3分とります。」

※こういうときにぼくの授業では「ファシリテーショントレーニング」に
しよう。関わりスキルを共有しておく。ファシリテーターに対しての
フィードバックもする。

4,全体で発表 Shere

「発表のために番号を振ってください。どうぞ15秒でやってください」

「3番から行きましょうか」
「発言する人は自分でもグループでいい。その人の責任。」
「一人一つコンパクトに発言する。」
「発言したら座る。」

「グループのこと、しょいこまなくていいですよ!」

※笑 ユーモアは大事だねえ。

※インストラクションが切り分けられていてわかりやすい。このあたりの
スキルは学校教員と同様。

 
・ここから発表
「それどんなところから思いました?」
 板書
「ほお、なるほどねえ」
「いい発表のしかたしてくれましたよねえ」

「批判的に読む、いいですねー」
「どこにでてくる?」「うん、うん」

「なるほど、おもしろいですね」

・まとめの話

※シェア大事だなあ。相づちも大事。関わりスキル。

※時間をどう短くするか。ミニホワイトボード使えるのでは?

※ここまでで35分。児言研の一読総合法だ!

※非常によく練られた授業構成。授業記録の読み方のレッスンをした上で
課題で実践記録を読んでくるという構造。

※このアカデミックさが自分に必要。学級経営を学問的に整理していこう。

              *  *  *

 毎週、渡辺さんの授業を参観する中で、実務経験と大学での授業をどう
つないでいくのかのヒントを得ました。学問知と教育方法をつなぐことで、
学習者の学びの体験自身に意味が出てくることがわかったのです。

 目指したいロールモデルが身近にいて、徒弟制で学べたことは、本当に
幸運なことでした。また他の先生の授業も参観したり、研究指導の場面に
立ち会わせていただいたりと、同僚性の中で自身の専門性を少しずつ伸ば
そうとしていきました。

○自身の授業を改善していく

 私は単独で「学校づくりと学級経営」という授業を担当していました。
同僚から学んだことをもとに,実践経験と学問知をつなげた授業をしよう
と試行錯誤してきました。しかし学習者である院生の評価を捉え切れませ
ん。そこで2年目はティーチングアシスタント(TA)を募集し、4名の院生
と一緒に授業づくりを行いました。前年度の受講者であった彼らから
フィードバックをもらいながら授業デザインを検討し、授業終了後は、受
講者も自由参加の「授業リフレクション」を行いました。私はそこにいな
いという設定で、自由に授業について振り返ってもらい、その対話をもと
に次週の授業を考えたのです。なかなかヒリヒリした時間でしたが(苦笑)、
小学校教員時代同様、学習者からのフィードバックでの授業改善を目指し
ました。自身の授業改善と共に、身をもって学生に示そうとも考えていま
した。とは言え、学級経営の学問的な整理、学級経営経験のない院生にど
のような学びがよいのか等々、課題はまだ山積なのが現状です。

 6人の教員のTTである「カリキュラムデザイン・授業研究演習」では、
「対話型模擬授業検討会」を一つの軸に進めてきました。対話型模擬授業
検討会の詳細はここでは省きますが(渡辺貴裕、岩瀬直樹「より深い省察
の促進を目指す対話型模擬授業検討会を軸とした教師教育の取り組み」
『日本教師教育学会年報』第26号、2017年9月、136-146頁を参照してくだ
さい)、理論面を研究者教員の渡辺が中心に、実際の場づくりやファシリ
テーション面を実務家教員である私たちが中心に授業デザイン、実践して
いくことで、研究者と実務家の役割分担を試行錯誤することができました。
ここでも同僚性の中で学べたことが大きかったと考えています。TTであっ
たこと、授業前のミーティング・授業後の協働リフレクションの時間を設
定されていたこと等、この教職大学院自体に,教員を育成する仕組みが備
わっていたといえるでしょう。
 一方、私自身の課題、それはやはり研究面での弱さです。教師教育に関
わる者自身が研究の力をつけることの重要性はこの3年間で痛感していま
す。教師教育者がどのような研究の力をつけるとよいのか。教職大学院で
院生が身につけるべき研究の力とは何か。私自身も大学院で質的研究を改
めて学びましたが、今後も向き合わなくてはならない大きな課題だと考え
ています。

○教え手の側から学び手の側へと

 ここまで書いてきて愕然とするわけですが、結局私も「教え手の側」か
ら教師教育を考えてしまっているわけです。知らず知らずのうちに、現在
の教員養成のシステムの中に、「なじもう」とする自分を見つけてしまっ
ています。
 これから教育が大きく変わっていきます。
 これから先生になるにあたって、最も重要なことの一つは、「今の学校
教育における前提の問い直し」だと考えています。現状の縮小再生産にな
らないためにも、前提にとらわれることなく、これからの教育を描いてい
く人になってほしい。

 教員養成も同様です。現在のシステムの問い直しが急務です。
 今のシステムは本当に「先生になる人を育てる仕組み」になっているの
か。残念ながら、前提から問い直す必要を感じています。

 そのためにどうすればよいか、と3年間考え続けました。
 そこで辿り着いた暫定的な回答、それは様々な理論や実践に出会うこと
で視野を広げ、無意識に前提としている学校教育の問い直すことです。今、
東京学芸大学教職大学院では、学卒1年生を中心にこの問い直しが起きて
います。実習校での葛藤のリフレクションに伴走したり、先進的な事例、
例えば国立一中の井上太智さん(『授業づくりネットワーク』誌最新号参
照)の参観に同行して,協同でリフレクションしたりする中で、自身の被
教育者体験を含めた学校教育への問い直しが起き始めています。最初はほ
んの数人の動きだったのですが,その自立的な学びの姿は他者を刺激し、
人数が増えていきました。研究室に本を借りに来たり、先進的な実践の参
観に行ったり、対話の場を設けたり、この春には10人近くがオランダに視
察研修に行ったりと、自然発生的、かつ自立的な動きが起きています。彼
らの姿に日本の教育の未来を感じます。

 視野を広げる機会の提供と、そこをきっかけとする学習コミュニティー
をサポートすることを通して、学びを促進すること。これが教師教育者に
とって重要な仕事。教師になった後も、この経験は成長し続ける力、学び
の場を創る力として生き続けるのではないでしょうか。

 そのために私がすべきことは結局、担任時代と同じく、ひとり一人の院
生の学びへの伴走でした。それは極めて個別的なのです。「学び手の側」
から教員養成を考えていく。ようやくそこに辿り着き始めている最近です。

 メルマガ71号の中川翔太さんは私の研究室の院生ですが、彼の成長に
私が貢献できたとすれば、リフレクションの対話と共に、彼の学びに必要
な人や場、本につないだことが一番大きかったと思います。後は彼が自身
の「学びのコントローラー」で進んでいきました。頼もしい限りです。

 今はまだ結果としてコミュニティーができはじめた段階で、意図的に設
計したわけではありません。自立的な学習者の育成とそのコミュニティー
づくりを教師教育者がどう設計していくのかは大きな課題です。

 また、現職院生に対しては,まだ数人ですが、私が校内研究等で講師や
ファシリテーターをする場面を参観してもらう場を設けています。彼らか
らフィードバックを受けることで私も学びになりますし,モデルとして立
ち続けることの重要性(とその大変さ)を感じています。

 最後に私がまだできていないこと、課題と考えていることを書いて終わ
りたいと思います。

1)場に立つ具体的な力をどう身につけていくのか

 一番の課題は、学生が学校現場に立つための具体的な力をどう身につけ
ていくかということです。教科の専門性、具体的なスキル(関わりスキル
や授業技術等)をどう身につけていくのか。現状、「経験から学んでね」
という丸投げになっている感は否めません。対人援助職としての専門性を
どう高めていくか、これはカリキュラム全体の改革も視野に入れる必要が
あるでしょう。

2)実習をどうデザインするのか。
 
 学生が葛藤を感じる大きな原因の一つは「学んだこと,実現したいこと
と実習校とのギャップ」です。本来は実習を担当する教員にも「教師教育
者としての専門性」が求められますが、大学教員においてもこの専門性の
議論が深まっていない現状、そのしわ寄せは学習者に向かっています。大
学教員、学校現場の教師教育者の育成の検討(教師教育者の専門性を育て
る仕組み)、理論と実践の往還の実質化が求められます。

3)教師になる人の「研究の力」とは何か。

 教職大学院に進学して身につけるべき「研究の力」とは何か。教師教育
者における研究の力とはどのような力か。この課題に言及する力は今の私
にはありませんので,課題としてのみ記しておきます。

4)学び・遊びの原体験の塗り替え
 
 私たち自身が学ぶことに没頭し、遊ぶことに没頭する。その原体験をも
う一度学習者として体験し直していくこと。これこそが教師教育の原点だ
と考えています。学ぶってこんなに楽しい。人と一緒に探究することはこ
んなにおもしろい。遊ぶってこんなに豊かなんだ、という腹の底から実感
する体験。この学び手としての喜びこそが、核になるのではないでしょう
か。

 私自身が教師教育者の初任者として,何ができ、何ができなかったのか。
 まだまだ書き切れていないこと、教員養成の「中」に入って見えたこと
は山のようにあります。改めてまとめる機会をつくりたいと考えています
が、一番痛感したこと、それは「現場経験だけで教師教育者にはなれない」
という当たり前のことです。では必要な専門性とはなにか?あらためてこ
の課題を深めていきたいです。

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 岩瀬さん、ありがとうございました! 大学院での教師教育者指導の経
験がない私には、岩瀬さんのお話の細部について言及できないこともたく
さんあります。ただ、岩瀬さんご自身が「教職大学院に来ると決まったと
き、正直に申せば、現場での実践経験と、研修やワークショップでの講師
経験、ファシリテーター経験で何とかなるだろう、と甘く考えていました」
と述懐されているところに、重い課題が凝縮されていると感じます。現場
で技量を発揮してきた教員が、大学で教師教育に関わっていくという事例
はこれまでにも多数ありました。しかしようやく少しずつ認識が共有され
てきているように、子ども達を育てるということと、専門職としての教員
を育てるということとは、言ってみれば全く違う領域であるわけですね。
 岩瀬さんの気付きや驚き、立ち往生が、今後の教師教育者養成の現場で
解消されていく、そういう状況が生まれていくといい。私も私の立場から
しっかり発言を続けようと思います。
 本文中にもご紹介がありましたが、私と岩瀬さんの対談が巻頭に所収さ
れた雑誌が刊行になりました。興味のあります方、どうぞお読みください。
 https://www.amazon.co.jp/dp/4761923911/

 いよいよ本メールマガジンも大詰めです。次回、3月23日金曜日は、
佐藤年明さん(三重大学教育学部教授・教職大学院兼担)
3月27日火  藤原由香里さん(京都府八幡市立美濃山小学校教諭、
NPO授業づくりネットワーク副理事長)
3月30日金  塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)
と続きます。お楽しみに!
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メールマガジン「教師教育を考える会」
77号(読者数2648)2018年3月20日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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教師教育メールマガジン76号、江口凡太郎さんです! - 2018.03.16 Fri

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メールマガジン「教師教育を考える会」75号
            2018年3月13日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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50になって思うこと
                     北海道北見支援学校教諭
                           江口 凡太郎

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 76号は、江口凡太郎さん(北海道北見支援学校教諭)です。北海道で
初めて、男性家庭科教師として高等学校に採用となり、現在は特別支援学
校。拙著『学校でしなやかに生きるということ』(フェミックス)所収の
対談の相手、でもあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/4903579700/mumomorush-22。
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はじめに

 私は、高校「家政科」の教員を振り出しに、3つの高校で約20年「家
庭科」に関わる様々な科目
を担当してきました。その間、育児休業で2回
合わせると2年半主夫をした時期もあります。その後、
特別支援学校に異
動し現在2校目で、特別支援学校は通算6年目を終えようとしています。
が、この
間事故で頚髄を損傷して、約1年半療養生活をしていました。一
時期、肢体不自由状態となりました
が、これもまた貴重な体験となりまし
た。と言う訳で、その時々の思いや出会い、偶然が重なって今
に至ります。
人生ってそういうことですかね?計画的に生きてきたなんて、ことには
なっておりませ
ん。

家庭科のこと

 「家庭科の先生なんですか!」「得意料理は?」「衣装作り頼みます
ね!」新しい出会いがあるた
びに、こうした声に悩まされてきました。
「家庭科=料理・裁縫じゃないですよ」とは言うものの、
特別支援学校に
来て、教科免許関係なく、縫い物や料理、美術、工芸、裁縫、手芸、楽器
演奏、スポ
ーツ、園芸、木工…あらゆるジャンルのどんなことでもできな
いよりは「できた方がいい」これは間
違いないと思います。が、家庭科だ
から、「料理・裁縫」というのは反論し続けています。ちなみに
裁縫は大
の苦手です。日常の家事はしています。でも、「得意料理」ってほど凝っ
たものを作ったり
もほとんどしません。
 家庭科とは何か?人によって、同じテーマでも教え方は様々です。今は
自主編成でやり過ぎると、
クレームが来て処罰されかねない息苦しさを感
じますが、そこはなんとかなりました。
 例えば、教科書に「賞味期限」について書かれています。表示の意味を
解説し、「表示を見て適切
に使いましょう」みたいなのがよくある学習内
容です。これ自体は間違いではなく、私も基本情報と
して伝えますが、さ
らに「この表示方法ってどうなの?」っていうことも考えさせました。食
品表示
が食品ロスを増やす一因になっていることも考えさせるようにして
きました。
 子ども達は調理実習は大好きです。学習への意欲が高いですから、考え
ようによってはとっても楽
な学習でもあります。でも、売ってる肉で「ハ
ンバーグ」を作りましょうという授業をして、「どん
な力がつくのか?」
一回授業でやって技能が定着することは、まずありません。今、家庭で手
作りが
減っている状況で、学校で手作りする「体験」という意義があるお
子さんもいます。しかし、そうで
ない子もいます。楽しい時間、だけで終
わったらもったいないと思うのです。ただ、楽しい調理を否
定するもので
は全くありません。友達と一緒に楽しく作業したり食べたり、様々な道具
や素材を扱っ
てみたり、時に失敗したりするのも大事な学習だとは思うの
ですが、それだけじゃないはずです。
 お肉って?お米ってなんだ?というようなアプローチから、人間は何を
どうやって食べてきたん
だ?というところからやろうと私は考えて、瓶で
精米したり石臼で粉をひいてみたり、生きた鶏をと
殺・解体して食べたり
もしました。鶏と一緒に自分の手首を切った子や体調不良で保健室から戻
らな
かった子など色々なエピソードがありますが、そのおかげで、今でも
当時生徒だった方に会うと、「せ
んせー鶏殺してる?」と物騒な表現が挨
拶代わりだったりします。ありがたいことです。
 私が学んできた家庭科、(取り組んできた家庭科)は、具体的な内容に
よって違いはありますが、
中核は、生活の課題や矛盾に気づく力や、見抜
く力をつけることが大切だと考えています。これは、
大学5年目に1年間
「熊本県家庭科サークル」に入れてもらい、多くの授業見学をしたり、大
学の研
究生をしながら学んだことです。気づかないでいる、生活全般の様
様な「問題」、「課題」、「あれ、
これってなんだ?」みたいなことに気
づくこと、見抜く力をつけることが大切だと考えています。こ
れは、「主
権者」を育てることにも含まれると思います。
 とは、言うもののお勉強があまり好きでない子ややんちゃな子がいる中
で、中々思うようにいかな
いことの方が多かったと反省しております。

特別支援学校へ

 私は、特別支援教育に以前から特別な思いがあった訳ではありません。
人事異動の関係でたまたま
そうなったということがきっかけです。生徒減
少で高校はどんどん数が減っています。私が勤務した初任校はすでに無く、
2校目も次年度で閉校、3校目も4クラスあったのが今は1クラスあと何
年持
つかという状況です。学校が減れば教員も減らされます。一方、特別
支援学校は児童生徒数が増えて
いて、学校数も増えています。私のように、
普通高校勤務経験のある方は今の職場では珍しくありま
せん。今後も増え
ていくだろうと思われます。
 やるからには一から学ぼうと気持ちを切り替えて新しい環境でスタート
しましたが、どこかで、ち
ょっとぐらいは通用することもあるのではない
か?甘い期待がありました。しかし、高校から特別支
援学校に異動し、子
どもの指導に関わる「スキル」はそれまでの20年の経験は一切役に立ち
ません
でした。それどころか、むしろ「これならできるかも」と思って、
張り切った時は失敗をしました。
多少なりとも人生経験が生きたのは、育
休含めた子育てでの経験でした。
 これまでは前に出て、上に立って「指導」することが主でした。横に寄
り添って、「支援」すると
いう大転換に最初は戸惑いました。あまりにも
違いすぎてその分新鮮で、大変ですがやりがい学びが
いがあります。奥が
広く、幅も広くまだまだまだまだ、わからないことだらけ、そして失敗も
多いで
すが、この歳になっても、日々子どもと一緒に学んで自分もちょっ
とは成長してる感じがします。

チームの力

 「普通」校では、授業や学級を担任や担当として、一人で組み立ててい
く業務が多かったです。一
人でやる大変さと、自分の領域、ペースの気楽
さがありました。特別支援学校の学習活動は全てチー
ムで行います。メイ
ンとなる指導者が中心となって計画を立てますが、支援に入る他の指導者
と話し
合って、色々アイデアを出し合ったり、時に意見をぶけて作り上げ
ていきます。なので、役割分担が
できますが、事前の打ち合わせがとても
重要で、日々の多忙な中で十分に時間を割くことが難しい時
も少なくあり
ません。
 先日、たまたま他学年の調理学習のチームにサブとして、入る機会があ
りました。アレルギー対応
の関係で、米粉でクッキーを作るという、そも
そもが難しい設定の調理でした。調理工程の技術上の
意見を求められ、事
前に試作を繰り返しました。、私はどうすれば「おいしく上手にできる
か?」と
温度、分量、混ぜ方、焼き方などを考えていました。しかし、メ
インの指導者は「どこで子どもは失
敗しやすいか?」を知りたいというの
です。同じことのようですが、大きく違います。私はつい、若
干の知識と
経験がある分野だけに「完成品」に目を奪われていました。しかし、ねら
いはそこではな
い。「できるだけ、大人の支援を少なくしてつくりたい」
と言うことなのです。そうすると、準備や
手順が違ってきたりします。一
方で、食品の調理上でここだけは絶対ゆずれない工程やポイントもあ
りま
す。そこがどこなのか知りたいということでした。目から鱗です。こんな
風に、色々な知恵や工
夫を合わせることができる機会が多いのは、今の職
場で学びがい、やりがいを感じます。
 しかし、教員も人間です。物事や人間関係での得意・不得意や、好き・
嫌いがあります。いつも、
お互いに助け合って、うまく分担して協働でき
るとは限りません。時には、人間関係がぎくしゃくす
る中で、やらねばな
らない時もあります。その時は、意思疎通をはかり協力をして、無理にで
も一緒
にやらなければいけないことが時には重荷になります。揉めにもめ
て、どうにもできず職員室で席替
えをするという事態まで至るケースもあ
りました。大人げないと言えばそれまでですが…
 何をどこまでやるか?、「共通理解」、「情報共有」がものすごく大事
で、そこがうまくいってチー
ム力が発揮できると、個人の数以上の大きな
力を出せる時もありますが、逆にうまくいかない時は、
足の引っ張り合い
とまではいかないまでも、ダメージも大きい気がします。
 特別支援教育の「専門性」と言うことが、よく言われます。その通りで、
わからないことだらけで
時々、大学できちんと専門を学んできた若い方を
うらやましく思います。でも、どんなに専門知識や
高い支援技術を持って
いても、それを発揮するためにはチームで協働する、そのために「いい関
係」
を作り、これを維持していくことが重要だと思います。そのためにど
うしたらいいか?「ベテラン」
の域にとっくに入りながら、思い悩む日々
です。

==================================================================
 江口さん、ありがとうございました! 保育の現場で子ども達がままご
とで、食事をレンジでチンして持ってくる光景を見て衝撃を受けたという
話がありました。江口さんの家庭科の話、実に興味深いです。また、職員
室の緊急席替えの話は衝撃を受けました。はじめて訊く事例でした。
 冒頭でもご紹介した拙著『学校でしなやかに生きるということ』(フェ
ミックス)では、江口さんと私のロング対談が載っています。江口さんの
お仕事をさらに知っていただく意味でも読んでいただけたらうれしいです。
また、江口さんはその本の元にになる連載を掲載している「we」誌(フェ
ミックス)に、長期にわたる教室スタートのエッセーを連載されています。
ぜひそちらもご覧ください。
http://www.femix.co.jp/

 いよいよ本メールマガジンも大詰めです。次回、3月20日火曜日は、
岩瀬直樹さん(東京学芸大学教職大学院准教授)です! その後は、
3月23日金  佐藤年明さん(三重大学教育学部教授・教職大学院兼担)
3月27日火  藤原由香里さん(京都府八幡市立美濃山小学校教諭、NPO
授業づくりネットワーク副理事長)
3月30日金  塩崎義明さん(浦安市立高洲小学校教諭)
と続きます。お楽しみに!
==================================================================
メールマガジン「教師教育を考える会」
76号(読者数2650)2018年3月16日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
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(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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授業づくりネットワーク最新号がいよいよ発売です - 2018.03.15 Thu

井上太智さんの教室を、岩瀬直樹さんをはじめたくさんの参観者と見、その授業記録(佐内信之さんの圧巻の記録です)と、岩瀬さんと私との対談で構成された第一部。春の授業びらきと学級びらきも念頭に置きながら、これからの私たちの国のそれを、みんなで知恵を持ち寄って考える第二部。そして、名著を2名の理事が書評する第三部で構成しました。授業づくりネットワーク30周年の最初を飾る一冊です。



新学習指導要領が目指す、これからの授業・クラスづくりを提案!
アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)の実現を目指した「これからの授業・クラスづくり」について、多様な角度から総力をあげて特集。【授業づくり・学級づくり/教師全般対象】

★目次より★
【特集】現場発! これからの授業とクラス~ひらく・つくる・つくり続ける~

■誌上レポート
生徒も教師も本気で遊べる教室/佐内信之

■本誌30周年記念 巻頭特別対談
改めていま、授業とは、クラスとは何か/石川 晋×岩瀬直樹

■パート1 これからの授業・クラスづくり
インクルーシブ授業・クラスのためのはじめの一歩/赤木和重
オルタナティブスクールから学ぶ「学びの空間」づくり/武田 緑
カリキュラム・マネジメントと授業改善/赤沢早人
日々の実践を振り返り成長する/中川 綾
学校におけるOJTを機能させるには/浅野良一

■パート2 これからの授業・クラスをひらく原則と10の場面1
子どもたちが安心して新しい出会いを迎えられるために/青山新吾
学校は、他者や世界との「出会い」を提供する場/渡辺光輝
協働して学ぶことのよさを伝える/武田直樹
「振り返り」を機能させる/藤原友和
「学級目標と活動と評価の一体化」した学級・授業づくり/大島崇行
情緒の安定、社会性、自立心を大切にする/京野真樹
多様な価値があるからこそ、面白い! /山崎正明

■これからの授業&クラスづくりのために名著に学ぶ1
向山洋一『授業の腕を上げる法則』/飯村友和×藤原由香里
上條晴夫『図解 よくわかる授業上達法』/吉川裕子×佐々木 潤
大西忠治『授業つくり上達法』/平山雅一×神吉 満
菊池省三『菊池省三流 奇跡の学級づくり』/田中聖吾×小島貴之
堀 裕嗣『学級経営10の原理・100の原則』/齋藤暁正×真田伸夫

■パート2 これからの授業・クラスをひらく原則と10の場面2
個の学びを深める協同学習の設計/蔵満逸司
生涯にわたる学習者としての能力・資質を育成する/川本 敦
子どもも大人も、違うみんなが共に過ごし、共に学ぶ/田中博司
教室は、仲間との「対話」空間/小川拓海
「未来を幸せに生き抜く力」をつける三つの意識/奥井貴仁
学級目標は学級経営の拠り所/菊池真人
インクルーシブ教育時代の子ども理解と保護者理解/加茂 勇

■これからの授業&クラスづくりのために名著に学ぶ2
岩瀬直樹『クラスづくりの極意』/桔梗友行×山川晃史
野中信行『学級経営力を高める3・7・30の法則』/中川翔太×長瀬拓也
藤川大祐『授業づくりエンタテインメント! 』/藤原なつ美×菊地南央
今泉 博『どの子も発言したくなる授業』/戸来友美×阿部隆幸
赤坂真二『主体性とやる気を引き出す学級づくりの極意』/内藤慎治×藤倉 稔

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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