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「総合的な学習の時間」を経て顕在化したもの - 2009.11.24 Tue

 総合的な学習の時間は、嫌われている。あわよくば「補充学習」か「行事」に振り替えたいと、どこもかしこも、みんな考えている。
 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。

 総合的な学習の時間がスタートした時、ぼくはとても喜んだ。
 カリキュラムづくりに関して、はじめて教師サイドの裁量が大きく認められたからだ。

 ぼくが学校の先生になった時、ぼくがしたいことはなんだったかな、と考える。
 「授業」だけではない。
 「部活動」だけでもなし。
 「学級担任指導」でもない。
 ましてや「生徒指導」なんかじゃ、絶対ない。
 では何かというと、それは生徒と一緒に楽しいことをしたいっていうことだった。
 たいしたビジョンがあったわけではなく、教師になり、ただ漠然と、生徒と楽しい活動をいっぱいしたかった。
 そして、総合的な学習の時間は、それをかなえてくれる夢の装置だった。
 カリキュラム開発は本当に楽しかった。

 しかし多くの先生方には違ったようだった。みんなそんな風には考えなかったのである。
 さらに忙しくなると不満に思う人。誰かがやってくれるとたかをくくる人。行政の準備不足に責任を転嫁する人。
 総合的な学習の時間が必要か不要かという議論の前に、教師が正対しようとしなかったという事実は、少なくとも私の知る限り明らかだった。

 そして、それと同時に、私たちが信用されていないということも明らかだった。始まってすぐから、強烈なひきしめと働きかけが、行政や管理職から始まった。私たちは力量を信じられていないということがひしひしと伝わってきた。

 まさに相互作用の悪循環だった。

 今の行政と教師との相互不審は、総合的な学習の時間をめぐるどたばたの中で、ピンで壁に固定されるかのように決まっていったと感じる。
 とにもかくにも、ほとんど総合的な学習の時間は、鼻つまみもの、お荷物になってしまいました。
 悲しいことだ。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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