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2018-06

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教師教育メールマガジン73号、藤倉稔さんです! - 2018.03.10 Sat

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メールマガジン「教師教育を考える会」73号
            2018年3月9日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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学校の内と外の両方に「話し相手」を
                  北海道猿払村立拓心中学校教諭
                             藤倉 稔
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 73号は、藤倉稔(猿払村立拓心中学校教諭)。最北の地宗谷で、校内
外の学びの場構築を模索する若き実践者です。
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□■(1)宗谷の学校事情について■□

 私の勤務地は北海道の北に位置する宗谷振興局(以下、宗谷)と呼ばれ
る地域です。宗谷の広さは京都府に匹敵し、勤務地から最寄り駅(とは言
うものの車で1時間弱)の稚内から札幌までの距離は、東京から名古屋ま
でと同じくらいあります。
 初任校は浜頓別町の中学校で、2校目(現任校)は日本最北の村・猿払
村にある中学校です。現在、教職10年目が終わろうとしています。どちら
の町もオホーツク海に面した人口3千~4千人の漁業と酪農の町で、全校生
徒100名弱で1学年1学級の小さな学校です。そのため、宗谷では同一教科
が自分以外にいないことも少なくありません。
 教職1年目、初任校では管理職を除いた教員は12名在籍し、そのうち新
採用教員が6名(3年目2名、2年目2名、初任者が私ともう一人が採用され
ていた)、臨時採用教員3名でした。初任校には6年間勤務したのですが、
教職員の平均年齢が28歳のときもありました。こうした状況は、宗谷では
あまり珍しくないようです。
ある保護者から「宗谷は教員養成所だからね」という言葉を聞いたこと
があるほど、他の地域に異動する人が多く、初任者がたくさん入ってきま
す。初任者研修のときに小中合わせて20名強いたはずの同期は、十年経験
者研修のときには片手で数える程度しかいない、という話を先輩教師から
聞いたことがあります。こうした状況は、私が働き始める以前からずっと
続いているようです。
学びの場を求めようとすると、札幌まで足を運ぶ必要があります。札幌
に行くためには、往復するだけで10時間以上の時間が必要で気軽に行くこ
とはできません。移動時間と疲労による影響を考えると家でゆっくり過ご
してしまうこともしばしばあります。
 こうした環境の中、若手教員ばかりの現場で迷走していたときに出合っ
たのが石川晋先生の実践でした。そして、頼るところが他にはなく藁をも
すがる思いで石川先生に助けを求め、とても丁寧に私の話を聞いてくれた
ことを昨日のことのように覚えています。石川先生は当時3年生の担任で、
高校入試の合格発表を控えていました。相手の都合なんて少しも考えずに
衝動的に動いてしまった自分を、あたたかく対応していただけたこと(こ
んなときになんて奴だ、とただ呆れていただけなのかもしれませんね。
(笑))は、感謝してもしきれません。
 これまでの教員生活を振り返り、どんな歴史を経て「今のボク」がつく
られていったのかを言語化することで、教師教育について何らかの提案が
できればと考えています。


□■(2)新採用教員を2人同時に採用する■□

 初任校では2名ずつ新採用教員を配置することが3年間続いていました。
私が採用されたときはその3年目で、その後も同時に2人の新採用教員を配
置することが、2回続いていました。1校に2名新採用教員を配置した場合、
新採用教員の指導教諭として1名加配することができます。教職員が十数人
しかいない学校で1人増えるかどうかは多忙化する学校にとって多大な影響
があるので、毎年2名ずつ新採用教員を配置していた理由は、ここにあるの
ではないかと思われます。
 私は音楽科教員U先生と同時に新採用教員として初任校に配属されました。
U先生とは性別と年齢が同じで、ドラゴンボールやスラムダンク、幽遊白書
を見て育ってきた世代です。TVゲームや音楽、TV番組などくぐってきたも
のはほとんど一致しますが、性格はまったく正反対でした。U先生はピアノ
が弾けて歌唱力があり、モノマネが得意でトークも冴えわたる。また、一
瞬で人の惹きつける太陽みたいな存在です。U先生曰く、ドラゴンボールで
例えるとU先生はカカロット、私はベジータだそうです。(笑)
 これまでの教員人生を振り返ると、正反対なU先生を鏡にして、彼を通し
て得た「気づき」がたくさんありました。「鏡にして」「通して」という
ときれいに聞こえますが、職員室で声を張り上げてケンカしたこともあり
ます。今ではいい思い出です。
 さらに、私とU先生とは5年間同じ職場で働きましたが、お互いのポジ
ションは毎年変化していました。1年目は2人とも初任者、2年目は同じ学
級の副担任と担任、3年目は研修部長と指導部長、4年目は1年担任と3年担
任または野球部主顧問と3年担任、5年目は2年担任と指導部長という関係
でした。
 毎年ポジションが変化する中で「教育とは何か」「教師とは何のために
存在するのか」等を少しずつ擦り合わせてきました。また、U先生があま
りにも近くにいたせいで、自分にはできないことを考えざるを得ない状況
に常にさらされていました。偶然U先生と出会い、この2つの経験があった
からこそ、今の自分がいます。

 また、宗谷でずっと働いていた30代中堅と50代のベテラン教師にたくさ
ん可愛がってもらいました。月1回程度、地域の居酒屋やお寿司屋さん等
に呑みに連れて行ってもらいました。そこで、店主から先輩教師の若かり
し頃の話をいろいろと聞かされるわけです。奥様との馴れ初めからはじま
り、部活動のこと、生徒指導事例、保護者との良き思い出など、教師とし
ての生き方みたいなものをU先生とともに先輩教師から学びました。先輩
教師にとことん可愛がられたからこそ、仕事が「自分の居場所」となり、
10年後の現在もこうして仕事と向き合うことができているのです。この道
を歩み続ける原動力をちゃんともらえたおかげで、初任の頃と比べると少
しだけ成長できたのだと思います。


□■(3)校内研修で「話し相手」をつくる■□

 現任校では、研究部長として校内研修を3年間担当しました。学校研究
3年計画の3年次に、2年担任と3年担任から「赤坂真二先生が提案するク
ラス会議を、今年度は挑戦したい」と申し入れがありました。最初から計
画していたわけではなかったのですが、赤坂版クラス会議を学校研究の中
心に位置づけて校内研修を進めることにしました。クラス会議は、海外で
は教師教育プログラムとして活用されている、と赤坂先生の講座で聞いた
ことがあったので、学校全体で取り組むことで何かしらの価値が生まれる
と信じていました。
 クラス会議は、2週間に1度のペースで実施しました。クラス会議が終
わった後の職員室では、担任と2名の副担任で「あーかな、こーかな」と
意見交換が自然と始まっていました。あのとき教師は介入すべきだったの
か、介入するタイミングは適切だったのか、教師のよい指導言、クラスの
成果と課題などについて話し合われていました。これを村教育研究大会の
会場校として授業公開をする12月初旬まで、クラスごとに続け、校内研修
の時間以外にも日常的に研究している形をとりました。途中、修学旅行や
学校祭に関するしんどい議題も含まれ、「クラス会議をする前に教師がど
んな話をしておく方がよいか」「この話題になったら教師がちゃんと介入
しよう」などクラス会議を実施する前の指導について教職員が作戦会議し
ている場面もありました。
 クラス会議を実践した2人の担任を見ていると、副担任とクラス会議に
ついて意見交換し、「副担任の言うことも一理あるけど・・・」という違
和感が彼らの成長に大きく作用しました。意見交換を積み重ねていく過程
で「教師が介入せずにとことん子どもたちを信じて任せたい」「教師も悩
んでいることを隠さず、弱い部分も見せることが大事だ」という自分の本
当にやりたいことに気づき始め、次第にその信念に基づいてクラス会議を
運営するようになりました。その影響はクラス会議だけではなく、朝の会
や帰りの会で話す内容などに現れていました。
 クラス会議を中心に置くことで、担任と副担任の関係は、よき「話し相
手」となり、同じ子どもを見つめながら対話することができました。同じ
子どもと対峙している者同士だからこそ、自分の肌感覚で感じる違和感も
大事にして、対話を積み重ねることができました。そのことがクラス会議
を実践した担任だけではなく、教員みんなの成長につながったと考えます。


□■(4)校内研修で「話し相手」を見つける■□

 伊藤功一『教師が変わる授業が変わる校内研修』(1990,国土社)の183
ページから、稲垣忠彦さんが「巻末に寄せて」を書いている。

────────────────────────────

 私は、学校を訪ねて「授業カンファレンス」を行うとき、授業をみての
感想を、自由に全員に話してもらうことから出発することにしている。あ
らかじめ形式や視点をきめることなく、自分なりに感じたこと、うけとめ
たことを、率直に表現しあうのである。はじめてのカンファレンスのあと
ででてくる先生方の感想は「うちの先生方が、一人ひとりこのような意見
をもっているということをはじめて知った、同僚をみなおした」というこ
とであった。

────────────────────────────

 私は「同僚をみなおした」という感覚に惹かれました。この感覚を持つ
ことで、校内研修はお互いに成長できる場になるのではないか、と考えま
す。「同僚をみなおした」という表現は、見下していたり、バカにしてい
たりしている印象がありますが、ここで私がお伝えしたいことはそういう
ことではありません。「同僚をみなおした=あの人は自分自身を成長させ
てくれる存在だ」と気づく瞬間のことを表した表現だ、と私は考えました。
校内研修の時間が「同僚をみなおした」と思うチャンスすらなかったとし
たら、それはとても残念なことではないでしょうか。
 現任校で研究部長として担当した校内研修を振り返ってみると、「同僚
をみなおした」という感覚が何度かありました。先ほど紹介した学校研究
で取り組んだクラス会議では、クラス会議に取り組んでくれた担任たちと
対話していると「うむ、なるほど」と思うことがあり、「同僚をみなおし
た」という尊敬の気持ちが湧いてきました。
 その他にも、Q‐Uテストの結果の生かし方をレクチャーしてくれたT先
生の知識量、「子どもを育てる教育技術とは何か」を筆談したときのS先
生の問い、「学級経営で大切にしている3つのこと」をテーマに一人3分
間ずつ発表してもらったときのK先生の発表、研究授業の事後検討会をベ
テラン教師4名に鼎談してもらったときに表出していた言葉など、「同僚
をみなおした」という気持ちを抱いた経験が何度もあります。そして、こ
の日をきっかけに、より一層同僚の仕事ぶりや人柄から学びを得ようとす
る姿勢が増した自分がいました。

 同僚の強みが発揮できる校内研修を行うことで、複数の師を自ら見つけ、
自分で自分を教育していく教師に近づいていくことができるのではないで
しょうか。


□■(5)「話し相手」が現れるのを待つ■□

 製版機を使っているときの待ち時間をうまく使えないかなと考えました。
 製版機の左側に物置と化した本棚がありました。まずはそれを整理し、
スペースをつくり、そこに私物の教育書を置いています。道徳の授業や学
級経営、合唱指導、部活動指導、校内研修などジャンルはさまざまです。
FUJIKURABOOKというロゴを貼り付けたり、本のポップを置いたりしていま
す。
 同僚からの反応をあまり期待せずにはじめましたが、製版機の待ち時間
中にFUJIKURABOOKの本の表紙を見たり、パラパラと流し読みして私に声を
かけてくれる人がいました。
 それがきっかけで「あの本に書いてあることは、本当共感しますよね」
「あの本の著者が講師の研修会に行ったとき、こんな話をしていましたよ」
という短い会話が生まれます。 FUJIKURABOOKの本を持ち帰って読んでく
れた同僚もいます。
 同僚が声をかけてくれることで、私自身も本や研修の内容を思い出す機
会が生まれ、忘れていたことを再度意識するチャンスをもらえています。

 これに味をしめた私は、製版機の右側のスペースを活用することにしま
した。私が参加している北海道の研究会ではグラフィック・レコーディン
グが標準装備されていることが多いです。主催者にお願いし、グラフィッ
クを持ち帰ることが時折あります。それを製版機の右側のスペースに貼り
ました。ただ、それだけです。
 FUJIKURABOOKと同様の効果がありました。興味をもってくれた同僚が話
しかけてくれました。自然と僕らが目の前にしている子どもたちの話題に
なります。わずかな時間ですが、同じ子どもを見つめる同僚との対話は、
外で得られる学び以上に大切なことを教えてくれます。


□■(6)最後に■□

 これまでの教員生活を振り返ってみると、ここでは紹介できなかった
「話し相手」もたくさんいます。学校の内と外の両方に「話し相手」に
なってくれる人がいたおかげで、曲がりなりにも教師の道を歩んでこられ
たことに本メールマガジンを書いて気づかされました。
 アドバイスができなくてもいいのです。ただ「話し相手」になってくれ
るだけで、死にたいくらい辛い気持ちが和らぎ、辛いことも笑い話にする
ことができます。同僚が「話し相手」としてあなたのことを選んでくれた
ら、孤独から少しだけ解放されます。そして、対話のふとしたところで自
ら気づきを得て、自ずと成長していくのだと私は考えます。

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 藤倉さんありがとうございました。今回のライター陣の中で、最北のラ
イター。宗谷の地から学びに行き、自分でも学びの場を創り…。藤倉さん
のこれまでの学校内での仕事が丁寧に丁寧に書かれ、切実さがにじみでる
中身に心を打たれました。
 またご一緒しましょう。

 次回、3月11日日曜日、佐々木潤さん(宮城県公立小学校教諭/あす
の社会科を考える会主宰)。震災7年目の日に、潤さんに、その真ん中で
取り組んできたこと、思いを、話していただこうと思います。

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メールマガジン「教師教育を考える会」
73号(読者数2642)2018年3月9日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
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(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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