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2018-12

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教師教育メールマガジン69号、鈴木美枝子さんです! - 2018.03.01 Thu

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メールマガジン「教師教育を考える会」69号
           2018年2月27日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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短期大学教員奮闘記  自問自答を続けながらの実践!
「地域“いわき”の保育者を育てるということ」
           いわき短期大学幼児教育科教授
                      鈴木 美枝子
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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 69号は、鈴木美枝子さん(いわき短期大学幼児教育科教授)
です。静岡の特別支援学校から、いわきの短期大学へ、幼児教
育に関わる学生を育てる教師教育者の道を歩む方です。
                      (石川 晋)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 2016年4月。静岡県の特別支援学校の教員を退職し、福
島県いわき市にある短大の教員となりました。全てが初めて尽
くしの第二の人生の出発!何もわからず、ただただ、必死に
走ってきた2年間。自分の年齢を書類に記入するたびに、行き
当たりばったりの人生を送る自分に「なにやってるんだよ!」
と自問自答し、あきれることしばしば。そんな私が、保育者養
成校の教員として、失敗しながらも思考錯誤しながら考えてき
た2年間弱を振り返ってみたいと思います。

自問自答の始まり : いわきの地で「保育者養成に関わる責
任」
 短大の教員になった最初の頃は、いわきの生活に慣れること、
毎日の授業づくりに精一杯で、学生の声も聴くゆとりもなく、
ただ、ただ一生懸命に日々の授業の準備をしていました。そん
な中、私の心に大きな異変が起こったのは、一年目の10月です。
2年生のゼミの学生が、研究室に来て、「先生、富岡町の成人
式、郡山でやるんだ。でも、みんないろいろな所に避難してい
るので、同級生半分くらいしか集まらないみたい…。来年は、
富岡町が避難解除になるから、富岡で成人式ができるみたいだ
けれど…」と、寂しそうに話しかけてきました。その言葉で、
初めて、私は学生が震災後、どんな思いで日々生活をしている
のか、原発によって避難生活を送っていることについて、それ
まで深く考えていなかった自分に気づかされ、頭をハンマーで
殴られた思いでした。
 というのも、いわきに転居する前には、仕事の同僚や友人な
どに「東日本大震災の影響があるのでは…。原発は大丈夫?」
と、心配され声を掛けられていました。しかし、実際、いわき
に転居したときには、生活する場所も、職場も、建物は建て替
えられ、道路も整備されており、震災の影響は全く感じられま
せんでした。だから、震災についても、原発についても自分の
中には、それほど大きな意識はなく、どちらかというと、過去
のことという意識が強かったように思います。
 学生の言葉をきっかけに、「“いわき”いう地域を知ること、
原発の影響を知ること、そして、改めて東日本大震災について
知ること」に心掛け、あちこちフィールドを歩きました。昨年
(2017年)2月に、南相馬で開かれたOMEP(世界幼児教育・保
育機構)主催の「OMEP保育フォーラムin福島(一泊2日)」に
参加し、南相馬にある保育所等の保育者や震災以来ずっと原発
の影響の調査をされている研究者の方々のお話を伺いました。
2日目には、南相馬市内のフィールド・ツアに参加し、現地に
人たちの話に耳を傾けました。私は、2日間、いわきから国道
6号線を使って、南相馬の会場へ車を走らせました。津波の後、
片づけられた更地に、放射能で汚染された土をいれたフレキシ
ブルコンテナバックが、黒いピラミッドのように高くあちこち
に積まれている様子を見て、胸が締め付けられました。「広野
町」、「富岡町」などの町の案内板を目にすると学生の顔、学
生が語る言葉が走馬灯のように脳裏に浮かび涙が溢れてきまし
た。帰還困難区域では、各家々の入り口にはバリケードが組ま
れ、当時の生活そのままが残されていました。6年という時間
の流れで多くのものが廃墟化している様子を目の当たりにし、
言葉を失いました。さらに、沈んだ気持ちに追い打ちをかけた
ことがあります。それは、このOMEP主催のフォーラムで出会っ
た保育者の方々、フィールド・ツアで出会った方々から、私が
勤務しているいわき短期大学の卒業生であることを伝えられま
した。そして、参加者の多くは、震災発生から、復興支援に携
わっていることを知りました。私は、今頃、このいわきに来て、
一体何ができるのだろうか。何も知らないこの地域で仕事をす
るということの意味はなんだろうか、保育者養成に関わる教員
として何ができるのだろうか。震災後、まだ、原発の影響が強
く残る中、地域の子どもの育成に携わっている保育所(園)、
幼稚園等の保育者の方々が、子どもたちのために一生懸命に保
育をしている姿を、また、「今、生きている」ということに感
謝の気持ちを言葉にしながら、一生懸命にその地域で生活して
いる人たちを目の当たりにして、「生きるということ」、「保
育者養成に携わるということ」について、大きな責任感と大丈
夫だろうかという不安な気持ちでいっぱいになりました。その
日から、自問自答する日々が始まりました。

<学生に教えられて>「体感する授業、地域で学ぶ授業」を考
える
 生まれて初めての短大の授業。一コマ一コマ、何を、どのよ
うに教えたら、学生が理解できるのか、また、理解が深まるの
か。ただ、それだけを考えて試行錯誤しながら準備をしました。
本当に些細なことですが、授業で配布するプリントも、A4に印
刷したり、A3に印刷したり、縦にしたり、横にしたりと、授業
内容と照らし合わせて、どの形が一番見やすいのか、毎回考え
て作成しました。しかし、学生から、「先生、毎回、用紙の大
きさが違ったり、印刷の向きが縦になったり、横になったりす
ると、ファイルするときに苦労する…」と、言われて初めて自
分の都合でやっていたことに気づくということがあちこちで見
られました。
 更に失敗は続きました。私は「障害児保育」(通年科目)を
担当しています。様々な障害について話をしてもイメージが持
てないだろうと思い、毎時間、その時間の授業内容に関連する
DVDを使用しました。しばらく経った頃、ある学生が授業のリ
アクションペーパーに、「毎週、学習する障害のDVDを見せて
くれるのは分かりやすいです。でも、だんだんと、見たDVDと
障害名がごちゃごちゃになってきて、分からなくなってきまし
た。だから、DVDを減らしてもらえませんか」と、書いてきま
した。正直、この言葉には、ショックでした。少しでも、障害
について理解してもらおうと、DVDを何本も視聴したり、適切
なものがない時には、購入したりして、かなりの時間と経費を
費やして、授業の準備をしてきたからです。考えてみれば、自
分自身は、専門でもあるので、それぞれの障害については、あ
る程度理解をしています。でも、学生にとっては、初めての知
識だったりします。改めて、視聴覚教材のメリットとデメリッ
トを考えた出来事でした。そして、DVDは万能ではないことも
身に染みて感じました(初歩的なことですが)。
 このように様々な失敗を経験した一年目があったおかげで、
二年目には、その失敗を基に、新たな授業づくりに挑戦をする
ことができました。紙面の関係があるのでその一部を紹介した
いと思います。

(1)「体験する授業」の試み
1障害児保育:「援助すること」について考える
 障害児保育の最初の授業で、「援助する」ということについ
て考える授業を行いました。最初に、視覚障害のある人を想定
して、言葉掛けや身体接触で誘導するという授業を行いました。
二人一組になり、一人は、アイマスクと白杖を持ち、視覚障害
のある人の役割をし、もう一人は、言葉を掛けたりや手を添え
たりして誘導をする人の役割をしました。この体験をした授業
後の学生のレポートには、「普段、気にしていない段差が、大
きく感じて不安になった。手を添えてくれたことで不安は少な
くなった。そして、『ちょっと、段差があるから、気を付けて』
と言葉を掛けてくれたけど、『ちょっと』がどのくらいかわか
らなかった。もっと、具体的に『○cmくらいの段差がある』
というように言ってくれたら、不安にならずに済んだように思
う。視覚障害のある人を援助するときには、相手が想像できる
ように具体的な言葉掛けや、手を持って誘導するときには、歩
く速さなどを聴いて、相手の不安な気持ちに寄り添うことが大
事であることが分かった…」などの感想が書かれていました。
また、誘導する役割をした学生は、「言葉で、相手にわかるよ
うに、段差や障害物があることを伝えることが難しかった。ア
イマスクをした友達が、腰が引けて歩けない状況になったとき
に、どのように励ましていいのか、分からなかった」など感想
が書かれていました。学生の授業後の感想レポートから、「援
助すること」について、両方の立場から考えるきっかけができ
たように思います。

2障害児保育:障害のある子どものための“おもちゃ作り”と
その実践
 知的障害、自閉症などの各論の授業が終わったあと、障害の
ある子ども(利用者)のためのおもちゃや絵本などを作成する
ことを行いました。学生には、「障害は診断名で捉えるのでは
なく、“ボタンはめが難しい子”、“目と手の協応動作が難し
い子”など具体的にイメージして作ること」を伝えました。そ
して、作成したおもちゃや絵本をどのように使いたいか、簡単
な指導案を作成しました。作成したものを使って、保育実習あ
るいは教育実習(幼稚園実習)で、実際に使って子どもたちの
反応をレポートするという課題を出しました。実習後の授業で
は、各自が作成したおもちゃまたは絵本、指導案を持ち寄り、
グループ内で1ねらい、2制作をするにあたって工夫や配慮を
したところ、3子どもの反応等について共有をしました。その
後、各グループで共有したことを整理し、作成した保育材の写
真を入れて、プレゼンテーションを行い全員で共有し、意見交
換をしました。制作したおもちゃや絵本は、図書館にコーナー
を設けていただき、校内の学生及び教職員及び地域の人たちに
も見ていただくことができるように展示を行い、学校のHPのブ
ログを通じて宣伝もしました。この授業を通して、「保育材
(おもちゃや絵本)」を作成することの意味、「保育材(おも
ちゃや絵本)」を使っての子どもたちと関わる喜びなどを学習
したように思います。

(2)「地域を知る授業」の試み
1特別講義:「いわき市の行政と子育て支援」
 本学は、いわき市にある唯一の保育者養成校です。そのため、
本学に進学してくる学生の8割から9割がいわき市出身で、卒
業後、8割強の学生が、いわき市内に保育者として就職をしま
す。現在でも、いわき市内の保育者(保育所、幼稚園、認定こ
ども園など)の8割が本学出身者です。従って、いわき市の乳
幼児教育は本学出身者が担っているといっても過言ではありま
せん。
 教員になって一年、地元出身の学生が多いのにいわき市の行
政に関心を持ってる学生が少ないことに、危機感を感じました。
そこで、本年度、2年生の特別講義の担当になったので、いわ
き市のこどもみらい部に依頼をして、「いわき市の行政と子育
て支援」について企画しました。当日は、こどもみらい部から
6人もの職員が来校をしてくださり、それぞれの担当部署の担
当者が、学生にわかるように資料として提示してくださいまし
た。いわき市の人口の推移や年齢層、保育所、幼稚園などの入
園率や年齢構成、そして、昨年7月から始まった「ネウボラ」
という全国でも珍しい、いわき市独自の子育て支援の取り組み。
学生からの要望で、企業内保育所、小規模保育所の具体的な現
状、いわき市の保育者として働くということなどのお話をいた
だきました。終了後の学生の感想には、「特別講義のタイトル
を見たときには、難しいと思いました。実際にお話を聞いて、
地域の中で幼児教育を担う保育者になるということ、地域行政
に関心を持つことは、子ども一人ひとりの援助につながること
が分かりました。配布された資料は、自分の進路選択に役立つ
もので、うれしかった。」などの記述が多くみられました。ま
た、講義をしてくださったこどもみらい部の職員の方々からは
「養成校といわき市の行政が両輪となって、これからのいわき
市の幼児教育を考えていきましょう。」という、温かな言葉を
いただきました。学生も、今回の講義を通して、生活し仕事を
するいわき市という地域に視野を広げるきっかけになったよう
に思います。

2保育・教職実践演習:「こどもの命を守る」~東日本大震災
時の保育~
 今回、保育所保育指針、幼稚園教育要領等の改訂がありまし
た。昨年、3月に告示された内容を見ると、東日本大震災を受
けて「こどもの健康・安全」が大きく取り上げられました。い
わき市も、大きな被害を受けています。そうした被害よりも、
原発の影響を受けた地域の人々「避難地区」という印象を強く
もっていました。震災時、保育所や幼稚園はどのような状況で
あったのかについては、津波や原発で大きな被害をうけた、宮
城県や南相馬地区の情報は入手することができましたが、いわ
き市内の情報については、情報を得ることができませんでした。
 そこで、いわき市のこどもみらい部に授業の趣旨をお話し、
当時の保育について語っていただける市内の保育士3名を紹介
していただきました。授業は、シンポジウムという形をとり、
その3名の保育士(公立保育所の所長)の方々から、保育の現
場で、津波を体験した事例、原発の影響によって、保育環境を
失った事例、保育環境を失ったことで、こどもの体力に焦点を
当てた新しい保育を試みた事例について、お話を伺いました。
 授業を受ける学生自身も、震災の当事者(当時中学校1年生)
であることから、話を聞くことで、当時を思い出して気分が悪
くなったり、気持ちが不安になったりすることも考え、保健セ
ンターの先生とすぐ連絡が取れる体制、学生が休憩できる控室
等を準備して臨みました。
 結果、学生は真剣な眼差しで話を聞き、お話の後の学生から
の質問は300を超えるものがありました。講師をしてくだ
さった先生方は、その関心の高さに驚き、一つ一つに丁寧に答
えてくださいました。同時に、震災のときの保育について、こ
れまで話す機会もなく、時間とともに風化してしまうのではな
いかと、危機感を感じていたので、今回の機会は、貴重な機会
であると思うし、大変うれしかった、と評価してくさいました。
学生自身からは、これまでは、震災で支援をしてもらっていた
が、今度は、いわきの子どもたちの健康や安全について、援助
する立場になることを自覚したという意見が多く聞かれました。

(3)「地域で学ぶ授業」の試み
1障害児保育:肢体不自由支援学校の授業参観
 最近、全国的な傾向として、保育士資格を取得して、施設保
育士になる学生が増えてきています。施設保育士として、児童
養護施設、障害児施設等に勤務する学生もいますが、障害者施
設を選択する学生もいます。本校は、保育士と幼稚園教諭の資
格・免許が取得でいます。学生の進路を考えると、障害のある
人が小学校から高校の間、どのような教育を受けているのかと
いうことを知っておくことが大切であると思いました。そこで、
地域の肢体不自由支援学校の授業参観を障害児保育の授業の中
で行いました。※福島県は、「特別支援学校」ではなく、「支
援学校」としている。
 多くの学生が、初めて肢体不自由支援学校の授業を参観した
ようで、様々な驚きがあり、たくさんの学びをしたようです。
その一つに、「肢体不自由のある人=車いすの利用」というイ
メージを強く持っていたようで、歩いている子どもをみて、
びっくりした学生が少なくありませんでした。運動場や校舎内
の工夫、また、車いすの種類の多さにびっくりしたり、医療的
ケアの子どもたちの学習から、大学進学を目指す子どもたちの
学習の様子を見学したりすることで、子ども一人ひとりのニー
ズのあった取り組み(学習)していることからをたくさんのこ
とを学んだようです。男子学生の中には、「僕は、これまで保
育者を目指してきたけれど、今日、肢体不自由支援学校を見学
して、障害のある子どもたちが使う車いすを作る技師になりた
いと思った。車いすを使う子どもが一番使いやすいもの、愛着
の持てる車いす、そういうものを作ってあげたいと思った…」
という感想を述べている学生もいました。授業後の学生のレ
ポートを読んで、保育士や幼稚園教諭は主として乳幼児期の子
どもと関わるための専門職ですが、保育する子ども一人ひとり
の生涯を見据えて、今を考える視点を持つことができる保育者
養成でありたいと改めて思いました。

2保育・教職実践演習:「保幼小の連携について学ぶ」~小学
校の授業参観~
 今回の改訂を受けて、「幼児教育と小学校との接続」が、大
きく取り上げられました。その中で、幼児教育と小学校の円滑
な接続を図るために「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」
いうものが明示されました。4月から保育者として仕事をする
学生の一人ひとりが、今回の改訂に記載されている「幼児期の
終わりまでに育ってほしい姿」をイメージすることができるの
だろうか…という発想から、実際の小学校の授業参観に踏み切
りました。事前学習として、私が、小学校の学習指導要領につ
いて、授業で学生に説明をしました。その後、各グループに分
かれて、幼稚園教育要領に示されている5領域と小学校学習指
導要領に示されている1,2年生の各教科の目標との関係をマ
トリックスにする作業を行いました。そして、完成したマト
リックスをみて、各教科の目標と5領域の関係について各グ
ループで検討をしました。
 授業参観は、「ふくしま教育の日」を利用して行いました。
この「ふくしま教育の日」とは、福島県では、ふくしま教育の
日条例が制定されており、県民の教育に対する理解を深め、県
の学校教育、社会教育及び文化を充実させ、並びに発展させる
ことを期する日として設けています。それが、毎年、11月1
日が、その日に定められており、7日までがふくしま教育の日
週間になっています。その期間は、小学校も全学年の授業公開
が行われ、保護者や地域の方々が自由に参観できることになっ
ています。保育・教職実践演習を受講している学生75名を3
グループに分け、学校から歩いていくことができる3つの小学
校に参観の依頼をして、授業参観をさせていただきました。授
業参観後は、参観してきたことを、各グループの仲間と共有し
てグループとしての学びをまとめました。まとめたことについ
て、グループごとにプレゼンテーションを行い、発表後に質疑
応答の時間を設け、学びを共有しました。
 学生の感想には、「保育所実習、幼稚園実習で年長児を見て
きたけれど、小学校一年生の子どもの姿は、想像以上でした。」
という内容が多くみられました。そして、「就学までに育てた
い力」として、「小学校に入るには、きちんと座ることができ
るようにしたい。」、「鉛筆がきちんと持てるようにしたい。」
ということが述べられていました。これでは、年長児の保育が、
小学校に入るための予備校のようになってしまうのでは…と危
機感を感じました。
 そこで、この学生の意見や感想を、その後の授業「保育所の
学級経営」、「幼稚園の学級経営」につなげることにしました。
この二つの講義は、現職の保育士や幼稚園教諭の先生方に依頼
しています。各講義の事前打ち合わせの際に、小学校見学後の
学生の取り組み状況やプレゼンテーションの内容について伝え、
現在の学生の学びを把握したうえで、「保育所や幼稚園での学
級経営」について講義をしていただきました。講義の後の学生
の感想には、「幼児期に育てることは、授業の時間に座ってい
ることができる子どもを育てるのではなく、様々なことに興味
を持って、気づいたり、考えたりできる子どもを育てることが
大事だと思った。」など、小学校見学での自分の学びについて
省察する内容がみられたことは、嬉しいことでした。

3保育・教職実践演習:「障害のある人の育ち」~金澤翔子氏
から学ぶ~
 保育・教職実践演習の最後の授業では、「障害のある人の育
ち」について、ダウン症の書家の金澤翔子氏から学ぶ授業を行
いました。いわき市は、早い時期から統合保育に取り組んだ地
域です。いわき市内の保育所(園)、幼稚園は、積極的に気に
なる子、あるいは障害のある子を受け入れています。本学を卒
業し、保育者として就職したときに、必ず気になる子、障害の
ある子と出会うことになります。そのときに、障害のある子
(あるいは気になる子)の幼児期だけではなく、人として育ち
に関心をもち、出会った子どもの今を考えることができるよう
になって欲しいと願ったからです。
 金澤翔子氏から学ぶことを考えたのは、東日本大震災の復興
を目的に、いわき市に金澤翔子美術館が設立されていることか
らです。事前に、美術館に打ち合わせに行き、授業の目的を話
し、美術館の職員の方の協力を得て、講義と見学という2本の
柱で行うことになりました。
 当日は、最初の一時間、金澤翔子氏の出生から小学校低学年
までの生い立ちについて、DVDを含めお話をしていただきまし
た。DVDは、金澤翔子氏のお母様が、授業の目的を理解してい
ただき、学生のために提供してくださいました。年代ごとに、
学生にわかりやすくエピソードを交えてお話をしてくださいま
した。その中で、多くの学生の印象に残ったエピソードは、
「お母さんが、翔子さんに書を教えていたときに、右上がりに
筆を運ぶことが、どう説明をしてもできなかった。悩んだお母
さんが、翔子さんの手を引いて、何度も、何度も坂を一緒に
上って、これが“あがる”ということですよ」と感覚をつかま
せたというお話でした。講義の後、翔子氏の書の一つひとつに
ついて、説明を受けました。
 見学後のレポートでは、「人の幸せは、障害の有無で決まる
ものではない。障害に目を向けるのではなく、その子らしさを
大切に保育していきたいと思った。」という内容や翔子氏のお
母様の姿勢や思いについて語られた内容が多くみられました。

 いわきに来て、1年と10か月。全く初めての地域で、初め
ての短大の教員として、保育者養成に関わり、試行錯誤で行っ
てきた授業実践の一部を紹介させていただきました。この原稿
を執筆する機会をいただき、短大の教員として歩き出した2年
弱の短い期間ですが、初めて、足を止めて自分の歩みを振り返
ることができました。何よりも出会った学生、同僚、地域の人
たちに支えられて今があることに、感謝の気持ちでいっぱいで
す。本当にありがとうございます。4月から3年目に入ります。
一つひとつの実践が、学生の力になるようさらに、努力をして
いきたいと思います。拙い授業実践で恥ずかしい限りですが、
お読みいただいた先生方、3年目に向けての御指導よろしくお
願いいたします。

==============================================
 鈴木さん、ありがとうございました。静岡からいわきへ。私
も2017年4月に公立学校の職を辞して、単身東京へ出てき
ましたので、そもそもの教育的土壌の違いなど、折々に感じる
ことが多くありました。ただ、日々の中で最初の戸惑いや気づ
きを記録することもなく、流してしまっています。こうして鈴
木さんのストーリーを読ませていただきながら、自分の感情も
含めたストーリーを書き残しておかなければという気持ちにな
ります。
 それにしても圧倒的に精力的なお仕事の数々、ちょっと言葉
を失うほどでした。教師教育の道を歩み始めた方の歩みの記録
がこのように残せて、私もとてもうれしいです。
 私も長く北海道の「地域」で教員をしてきました。疲弊しつ
つある町にあって、子どもはまさに希望です。震災の地いわき
で鈴木さんが支援していく保育者たちは、まさに希望を育てて
いく人たちとして育っていくのだな、地域と真摯に向き合う姿
に胸があつくなる論考でした。


 前号、金さんの記事中に以下の誤りがありました。
 読者の方から指摘がありました。ありがとうございます。

(誤)教員(指導専任)

(正)教諭(指導専任)

 次回、3月2日金。平井良信さん(有限会社カヤ プレイフ
ルプロデューサー)。京都の明日の教室の記録をDVDとして制
作する、あの人、です。

==============================================
メールマガジン「教師教育を考える会」
69号(読者数2642)2018年2月27日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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