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2017-10

教師教育メールマガジン14号、武田信子さんです! - 2017.08.11 Fri

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メールマガジン「教師教育を考える会」14号
           2017年8月11日発行
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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 「教育学」「教師教育学」「教師教育者」をめぐって
                           武蔵大学人文学部教授
                             武田 信子
http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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 第14号は、武田信子さんです。「教師教育学」について、本気で考えなくてはいけな
いと感じ始めた時の、最も大きな出会いは、武田さんたちが翻訳し日本に紹介した、コル
トハーヘン氏のお仕事でした。今号では、武田さんの問題意識を平明な言葉で書き記して
いただきました。永久保存版、です。長文ですが、ぜひ丁寧にお読みください。本メール
マガジン刊行にいたる様々な流れが、きっとご理解いただけます。     (石川 晋)
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1.「教育学」は日本の教育にどのような影響を与えてきたのだろう。
 私は常に疑問を持っていました。
 学生時代、高名な教育学者による、教員免許取得のための必修授業で、私は「席に着く
なりほぼ寝ていた」けれど、テストの直前にその先生の著作を読み、テストを受けてそこ
に書いてあることから考えたことを書いたら単位が取れました。出席票に名前を書くこと
以外に、授業に出る必要性はありませんでした。
 また、専門科目の初回の授業で、その分野の高名な先生に「あなたは教職のためにこの
授業をとるのですか。出席しなくていいからレポートだけ出してください」と言われて、
その後一回も出ずに単位をもらいました。
 さらに、その25年後、ある別のさらに高名な教育学者には「そもそも大学で教員の養成
なんてできないんだよ」と言われました。
 このような教員養成の捉え方が、日本の最高峰と言われる大学の教授陣の捉える「教員
養成」だとしたら、「教育学」とは何なのだろう、と私には不思議でたまりませんでし
た。

 その後、私は大学院で臨床心理学を勉強するようになりました。
 教育相談室や精神科の病棟や外来には不登校の子どもたちが次々と集まってきていまし
た。そういう子どもたちからいろいろな話を聞きました。
 学校教育や、先生や家族からの勉強へのプレッシャーで子どもたちは苦しんでいまし
た。
 教育がこれほどまでに子どもたちを苦しめているのに、教育学を研究する大学院にいて
も、教育改善に「教育学」が寄与しているという話は聞こえてきませんでした。
 子どもたちを苦しめない教師を養成しよう、あるいは、子どもたちを苦しめる教師には
免許を与えないようにしようという「大運動」はいつ起きるのだろうか、そう思っていま
した。そして自分は、苦しんでいる子どもたちに寄り添う心理臨床家になろうと思ってい
ました。
 ところが、その後、子どもたちに出会ったのと同じ精神科で「学校に行けない教師た
ち」のグループ治療が始まりました。私はその心理スタッフとして、学校の先生たちのデ
イケアを担当しました。
 のちに、そのプロセスを論文にまとめましたので、「学校に行けない教師たち」の問題
に気づいていただきたいと思って教育委員会に送ったのですが、すぐに教育委員会から電
話がかかってきて「この論文の内容を公開しないでください」と言われました。
(「精神疾患による休職教員のためのデイケアの試み」武蔵大学人文学会雑誌第27巻第一
号pp203-224,1995)
 私はますます混乱しました。
 一体、誰のための学校、誰のための教育、何のための教育委員会なのでしょう。
 教育の現場では、子どもたちも、先生たちも苦しむようなシステムが継続されているの
に、「教育学」は何をしているのだろう、そう思いました。

 ところが、デイケアに関わっていたあとすぐ、ひょんなことから私は自分自身が教育心
理学の教員として教員養成に関わることになってしまいました。研究してきた学問分野は
「心理学」で、カウンセリングの勉強は修行と言えるほど相当に積んだと言えるのです
が、教育学はきちんと学んでいないし、教員経験もなく、いきなり仕事として「教師教
育」です。これは大変だと思い、大学院にいらしていた現場の先生に、学生時代に学んだ
「教育心理学」は現場で役に立ったかと聞いたところ、「それなりに意味はあったと思
う」という答えが返ってきましたので、授業次第で意味は持たせられる、と思いました。
 しかも、その世界に入ってみたら、幸いなことにその頃は教員になることが今より難し
い時代で、私が教えた学生が教員になることは滅多にありませんでした。たまに教員にな
る学生は、私が教えても教えなくても素晴らしい教員になれるような資質の高い学生か、
あるいは親族が教育界に強いコネを持っていて、私がよほど意図的に単位を落とさない限
り教員になれてしまう学生でした(当時は、コネが使えた時代でした)。
 私は、このとき学内で別の大変な仕事を兼任していましたので、教員養成だけに力を注
ぐことができませんでした。そこで、教員養成に関しては自分の授業をよくすることに専
念しました。私は寝ている学生、出てこない学生に単位を出すほどおおらかではなく、自
分の授業で一人でも寝ている学生がいると、自分の授業の質の低さに悩み、何日も気分が
晴れないような、そんな教師でした。
 授業で講義する理論の内容と自分の実践にずれがあるということが耐えられませんでし
たから、どうやって言行一致(congruency)するかということをずっと試行錯誤し、少な
くとも、私の担当する授業が学生たちにとって、万一、教師になったときに役立つ内容を
学ぶことができる授業であるように努力し続けました。今もです。
 その後も様々な事情から、子育て支援やソーシャルワークなど教員養成とは少し分野の
異なることに力を入れる時期が続いていましたが、15年後、ふと学生たちがなろうと思え
ば教員になれる時代がやってきていて、それがしばらくは続くであろうことに気づきまし
た。採用試験の倍率が下がり、臨時任用も増えてきたのです。大学教員を続けるのであれ
ば教員養成に本腰を入れなければならないと思いました。
 そこで、大学の特別研究員の制度を活用して、まずは一年、海外の教育を知るところか
ら始めようと思いました。その頃は既にフィンランドの教育が注目を浴びていて、デン
マークの教育も魅力的でしたが、オルタナティブ教育が盛んなオランダにつながりができ
たので、オランダに行くことにしました。オランダでは30年以上前に教育改革が実施さ
れ、学校教育はあらゆる面において自由度が大変に高く、子どもたちは授業中もじっと
座っている必要がなくなっていました。いじめはありましたが、それでも子どもたちの学
び方の多様性が保障されていて、学校は日本のように「苦しい場所」ではありませんでし
た。
 多彩な教育現場を視察する機会を得て、様々な大学教授に会う機会もありましたが、そ
の中で最も著名で最も皆から慕われていた先生が、フレット・コルトハーヘン先生でし
た。出国直前でしたが、30分だけお会いする時間をいただくことができたのです。先生に
お会いして、私の気持ちは決まりました。「先生の本を訳して日本に紹介します」。帰り
際にそう言っている自分がいました。

2.「教師教育学」とは?
 さて、それでは「教師教育学」とはどういう学問でしょうか。インターネットを検索し
ても国語辞典を探してみても教師教育学の定義は見当たりません。日本に「教師教育学」
という学問はあるのでしょうか。
 1991年に設立された日本教師教育学会は、その目的を「学問の自由を尊重し、子どもの
権利の実現に寄与する教師教育に関する研究の発展に資すること」(会則案2条)として
います。また、学会設立趣旨には「教師の自己教育を含む養成・採用・研修等にわたる教
師の力量形成(教師教育)をめぐる問題」を「専門的かつ継続的に研究する専門学会」と
書いてあります。そして、この学会が2002年に出版した「講座 教師教育学」の序文に
は、当時の学会長三輪定宣氏により「教師教育学は、教師の養成、採用、研修をはじめ、
その実践、力量、地位を高めることを目指して発達した学問」と書かれています。どうや
ら、この辺りが現在の日本の「教師教育学」の定義と言っていいようです。
 それから15年が経過し、今、学会によって「教師教育ハンドブック」が編纂されていま
す。ですからそこに掲載されている内容が、現在の教師教育研究をほぼ網羅していると考
えられるでしょう。ただ、実は、このハンドブックも含め、いろいろ調べてみると、「教
師教育研究」や「教師教育」という言葉は散見されても、「教師教育学」という用語はほ
とんど用いられていません。学問というにはまだあまりに若く、いろいろな教育学分野の
研究者の中で教員養成に関わる人たちが「教師教育」に関係する研究をまとめている、と
いう段階のように思われます。
 私は、教師教育学が学問として成立するためには、研究の方法や担い手の問題にもっと
関心が寄せられるべきではないかと考えています。また、子どもたちの学びに教師教育が
どうつながっているかを検討すべきであるとも考えています。その問題提起につながるの
が、2010年に監訳出版した、コルトハーヘン氏の
“Linking Practice and Theory : The Pedagogy of Realistic Teacher Education”
(邦訳は『教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ』
(学文社))です。
 内容は難しいのですが、研究者ばかりでなく広く大学院生や現場の先生方に読んでいた
だきたいと思いましたので、できるだけ平易な訳語を用いるという方針を立てました。そ
して、そのまえがきに「日本ではまだ、教師教育学(本書において、教師教育学とは、教
員養成・教員研修・教師教育者の専門性開発を指す言葉として使われている)ということ
ばも市民権を得ているとは言えない状態であるので、本書がその嚆矢となるとよいと思
う」と書いたのです。そして、タイトルを、意図的に、直訳でない『教師教育学』とし、
表紙には、英語の原題・副題をはっきりと読み取れるようにしました。この本を手に取る
読者の皆さんに「教師教育学とは何か」と考え始めてほしいと思ってのことでした。議論
が出てくることを期待したのです。
 『教師教育学』の序には、半年前に来日招聘したジョン・ロックラン氏の「人々は、教
員養成に固有の教育学(pedagogy)について、共通理解をほとんど持ち得ていないので
す」(1997)という今から20年前のことばが引用されています。国際的にも「教師教育
学」は学問として日が浅く、日本では、まだ始まったばかりと言ってもいいと思います。
学校教育をよりよいものにし、子どもたちのウェルビーイングを促進するためには、日本
における教師教育に固有のpedagogyを作っていくことが必要ではないでしょうか。研究者
も教師も共に力を合わせて取り組んでいくために、このメールマガジンのような多彩な顔
触れが自由に物を言うプラットフォームがあることが大切なのだと思います。

3.「教師教育者」とは、どのような人のことを言うのか。
 さて、先ほどの元学会長三輪氏の定義には、教師教育学は、教員の養成、採用、研修に
関する学問であるとありましたが、その担い手である「教師教育者の専門性開発」につい
ては何も触れられていなかったことにお気づきの方もいらしたでしょう。実は、まもなく
出版される「教師教育研究ハンドブック」にも、教師教育者の項目はありません。私は、
ハンドブックの項目と国際学会大会の発表分類の項目を比較検討するようにと提案したこ
とがあり、これからに期待しているのですが、残念なことに、日本の教師教育と国際的な
教師教育では、ホットなテーマにずれがあるのです。日本では、教師教育者、もまた曖昧
模糊とした概念なのです。
 たとえば、2010年に私は、「日本における『教師教育者研究』の課題」(『現代の教育
改革と教師:これからの教師教育研究』、東京学芸大学出版、2011)という文章を書きま
した。が、この論文は、この書籍の中で「補論」として、つまり章立ての中に入れられな
い付録として扱われました。まだ数年前のことです。「教師教育者」ということばが市民
権を得ておらず、編者の方も戸惑われたのだと思います。
 その後、2012年に、日本教師教育学会年報第21号に『教師教育実践への問いー教師教育
者の専門性開発促進のために』という論文を寄稿しました。「教師教育者」という言葉
が、学会誌でタイトルに上がった初めてのケースだと思います。
 数年経って、今では、教師教育者のアイデンティティ研究や教師教育者の専門性開発に
関する研究がなされるようになりました。また、自分は教師教育者だと名乗る人たちも増
えてきました。しかし、教師教育者がどのような専門性を持った人であるのかについての
議論は、日本ではまだ十分になされていません。
 当初私は、教師教育に現在携わっている研究者教員や実務家教員は、日本では教師教育
の流れから言って教師教育者と呼ぶことになるかと思っていたのですが、海外の文献を読
み、研究を知るにつけ、現在はそうは思わないようになりました。つまり、
1)研究者である「教育学者」は、あくまでも研究者として「教師教育」に関わっていく
 必要があるけれど、教師「教育」ができるわけではないので「教師教育者」ではない。
2)また、元教師は、教育ができる人として「教師教育」に関わっていくけれど、彼らも
 またそのままでは「教師教育者」ではない。
ということです。
 つまり、現在、日本では「教師教育者」と言える人は少数なのです。国際的にどういう
人を「教師教育者」と呼ぶかについては、下記に紹介する「教師教育者研究」の本をお読
みいただきたいと思います。私たちは、これから、日本における新しい「教師教育者」像
を作り、新しく「教師教育者」を作っていかなくてはならないと思います。

★教師教育学研究会(主宰 武田信子)では、教師教育学や教師教育者研究について、日
本でも海外と同じレベルで議論できるようにと情報提供をしています。フェイスブックの
グループページ https://www.facebook.com/groups/1542475529309354/?fref=ts
とフェイスブックページ https://www.facebook.com/teachereducation.jp/?fref=ts
をチェックしていただければと思います。
★教師教育者について考えるためには、
Mieke Lunenberg, Jurrien Dengerink and Fred Korthagen(2014)
“The Professional Teacher Educator ”Sense Publishers(『専門職としての教師教育
者:教師を育てるひとの役割、行動と成長』武田信子・山辺恵理子・入澤充・森山賢一共
訳 玉川大学出版会)が、この秋に出版される予定ですので、是非お読みください。ま
た、昨年2月に来日いただいたロックラン教授の著作をまとめた書籍の出版にも、現在、
多くの人たちと取り組んでいて、来年秋に発行予定ですので、こちらもどうぞご期待くだ
さい。
★なお、ATEE(ヨーロッパ教師教育学会「教師教育者の専門性開発部会」)が今年1月に
発行した“Teacher educators pathways to becoming research active”という冊子に
は、私が、自分の教師教育学に関する研究を、教師教育者としてどのように進めてきたか
について書きました。英語ですが、お読みいただければ幸いです。
https://atee1.org/wp-content/uploads/2017/04/
teacher-educators-pathways-to-becoming-research-active.pdf 

 長くなりました。ここまでお読みいただきありがとうございました。エッセーのように
書きましたが、まじめに読んでくださった方は大言壮語と受け止められたのではないで
しょうか。今、カウンセリングを仕事としていない私が、病棟で出会った子どもたちや、
今、苦しんでいる子どもたちに対して教育を通してできることを、私なりに考えてきたこ
ととして、お見逃しいただければと思います。

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 「教師教育学が学問として成立するためには、研究の方法や担い手の問題にもっと関心
が寄せられるべきではないか」と本論考の中で、武田さんは述べています。その通りだ、
と考えます。
 私は、中学校現場における最後の数年間、校内研修や公務の中で、実習生支援や新卒教
育、さらには中堅教員を支える立場にしばしば置かれてきました。教師は子どもたちを育
てるプロです。それがゆえに、その経験をなんとなく延長することで、実習生や新卒を育
て、中堅教員を支えることができると勘違いをしやすい。私もそうでした。その結果、う
まくいかない経験を、時には「無残」という言葉しか見つからないほどの経験を、してき
ました。
 教員という専門職の育ちを、それぞれのライフステージの中で支えていくための「方
法」はどうあるべきなのか。学び手と担い手の双方が、それぞれ本来的に持っている強み
を生かしつつ、双方が高め合っていくためにはどうすればいいのか。「教師教育学」をた
くさんの人がわがこととして考える機運が高まってほしいと、強く願っています。

 次号は、8月15日火。敗戦の日。杉山史哲さん(ミテモ株式会社/学校働き方研究
所)です。学校を内と外から支援し、働き方問題から授業づくり、学校制度そのものの改
革に至るまで、広範な発言と行動で注目を集める若手イノベーターのお一人です。
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メールマガジン「教師教育を考える会」
14号(読者数2414)2017年8月11日発行
編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
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(まぐまぐ:教師教育を考える会)
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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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