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2017-11

【隠岐島前についてはちゃんと書いておかなくてはいけない】 - 2017.05.26 Fri

江口彰さんにお誘いを受けてお伺いした隠岐海士町は衝撃的な場所だった。

隠岐は日本海に浮かぶ離れ島であり、ここにくるのは簡単ではない。ここで何事かをしようという人たちは、いろんなものを置いて、やっぱりシンプルな私として、やってこなくてはいけないのだろうと思う。

そのシンプルな個が、それぞれ着ていたものを脱ぎ捨てて(もちろん個々の歴史はちゃんと身の内に秘めて)ここで新しい協同を生みだそうとする力のハイブリッドが、海士町の革新を支えている。

もっとも、当初からキーパースンとして活動した人たちは、大変聡明でしかも人間信頼を根底に持っている。その上で、島にあるものを十分に活動の根に据えようとしてきたのだと思う。ぼくは、旭川で若い時期から市民運動に参画したが、ちょうどそれは市民運動が対決主義から協同主義に舵を切りつつある時期であった。またイデオロギー主義からトピック主義に変わる時期でもあった。

たしか、宮本常一の「忘れられた日本人」の中に、隠岐のよりあいの話し合いのことが紹介されていたと記憶しているが、まさにみんなで隙間をなんとなく人々の感情(思い)で埋めるというやり方がこの地にはもともと存在していて、それを海士町のリノベーションに巧みに利用してきたのだなあということも感じる。だから、ここの方法が、他の地にも使える何かを持っているのかは未知数だが、とにかくはっきりしているのは、仕組みを動かすのも、中で動くのも、みんな人だということだ。システムも人材とその結びつきを見ながら柔軟に変えていける(変わっていける)ことを前提としていないなら、うまくはいかないということなんだと思う。

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 学習センターの充実を目を見張るものだった。センター全体の設計が見事に機能して、そこに関わる子どもも大人も、みんなが伸びていく場になっている。これは、誰かの労であるといってはいけないのだろうが、やはり、豊田さんの卓越した見通しがなせるものだろう。

 課題ははっきりしていて、幼保から高校までの本丸の授業の改善、そして先生方の一層のスキルアップだろう。秋田の某村のような、トップダウンの人材集積ではないやり方で、そこの魅力化をどうはかるか。その答えというか見通しも、学習センターの人材育成の中に、もうあるように感じた。

 ここでなら、ぼくができそうなことはたくさんあるなあと思える。3年くらい前だったら、ぼくはこの島にわたってきたかも知れないなあと思った。
 隠岐島前も、ぼくには、自分を映す鏡だった。ぼくは「それ」と対話することで、

自分が何者で、どんな風でありたいかが、その都度鮮明になっていくようだ。ぼくには、まだ、いろんなものに触れ、対話し、自分を映し出していく時間が、もう少し必要なようである。

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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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