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2017-08

【十勝特別支援教育研究大会で、合理的配慮のことを考える】 - 2016.10.07 Fri

 フェイスブックのタイムラインで、佐々木祥子さんの書き込みを発見して、参加することができた。
 音更町共栄コミセン。
 昨日からのひどい偏頭痛でどうしようかと思ったが、どうしても参加したくて出かけた。
 分科会にだけ出て、二宮信一さんの講演はパスして戻り、病休を取って、家でごろごろしている。二宮さん、ごめんなさい。

 参加したかったのは、ぼくの大学の一つ下の後輩、まさに直接の後輩である遊佐真智子さんが通常学級におけるユニバーサルな支援についてを話すという分科会があったからだった。両隣の分科会は千葉考司さんと佐々木祥子さんだからお世話になってる方ばかりなのだが、彼女の講座に出たかったのである。

 よくねられたパワーポイントでの解説だったが、そのこと以上に感心したのは、彼女の口から出てくる一つずつのエピソードと、それに裏付けられた実物資料・教具だった。
 彼女とは大学で3年を共にし、しかも同じゼミで過ごした間柄でもあり、いろんな話を特別にたくさんした仲間でもある。卒業後は20数年まともに会って話す機会がなかったのでなおさらということもあるのだろうが、一人の先生が歩いてきた道のり、学びの筋道、出会いを大切にする生き方、そういうものがしみじみと伝わってくる内容の講座で、なんだか胸があつくなってしまった。とてもよかった。

 合理的配慮ってなんだろうとずうっと考えている。いろんな方のいろんな説明も一つずつぼくにはこれまでしっくりこなかった。
 だが今日、言葉足らずを承知で書くのだが、彼女の話を聴きながら、ああと思ったことがあった。
 合理的配慮って、誠実に関わり続けてきた支援者・指導者自身が、歩んできた道筋・見てきたものが、その人自身の中で合理的に止揚されているというということがあってはじめて、合理的配慮に昇華するんだなあということ。

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 ぼくは理や知に偏り過ぎているのだな。そして、しかし、個々のエピソードや人間のライフヒストリーにこそフォーカスしたい人なのだな。その二つのバランスが悪くなってしまっているのだな。そういうことも帰る道すがら考えていたことだった。

 おもえば2000年代のはじめまで、ぼくは猛烈な教材開発教具開発をしていた。その後WS,ファシリテーションに傾倒する中で、教材教具開発への関心を急速に失ってしまっていた。今のぼくには、それまでと、それからの、両方からのアプローチをぼくの中で止揚しようとする試みが不可欠なのだと、そう思った。

 よい天気だった。風が強く、咲き始めたキクイモが風に揺れていた。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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