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2017-06

【旭川の実家でのメモ】 - 2016.01.03 Sun


 ぼくが敬愛する、あるファシリテーターは、「最近ぼくはアイスブレイキングなんていらないと思い始めてましてね」と4年くらい前に言っていた。
 その後の4年間・・・いろんな人が、アイスブレイキングする場面を何度見ただろう、そして、それに「またか」と失笑する参加者の姿を幾度見ただろうか。アイスブレイキングさえ、深刻に目的化する…。
 みんなが使い始めるようになると、目新しさだけでは生き残れない。「本物」だけが機能するようになる。
 しかも「本物」は、もう先に進んでいて、そんなものはつかわなくてもいい在りように立ち始めていく。彼は4年前の時点で、アイスブレイキングに執心する場所から遥か遠い場所に立っていたと思う。
 昨年教室に呼んだマジシャンは、自分が尊敬するマジシャンはマギー司郎さんと言い切った。なぜですか、と問うぼくに、マギーさんは一つもマジックを使わないのにお客さんがみんな笑顔になる、と。


 Mr.childrenがアルバムのタイトルにリフレクションという言葉を使ったのは、象徴的だった。つまり、この言葉が、マーケティング的に成立する、陳腐な言葉になりはじめたということだ。
 リフレクションという言葉は、これまでの知識注入型(教え込み型)授業ではなく、体験ベースの授業を進めようと考えはじめてきた教師にとっては、目新しい言葉ではない。既にそうした授業を行う人たちにとっては、耳なじみの言葉である。また、元々、教育現場発の言葉ではない。民間の様々な職域でそれなりに使われ始めてきた言葉である。
 それが一気に日本中を覆い始めたのが、二〇一五年であり、教育の世界にも一挙に流れ込んできたのが二〇一五年だったと思う。
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 おそらくは、書いてリフレクションすることが得意な新卒教員もいる。研修のたびに続けられるこうしたルーティンな作業に安心感を持てる教員もいる。しかもこれまでの学校教育が提供してきたコンテンツを考えると、学校の教員を目指す層の一定数以上が、この方法に適応を示すことも推測できる。
 しかし、書いたり(読んだり)することでリフレクションすることに不得手な人もいる。そうした人は学校現場には不必要なのかというと、ぼくにはまったくそうは思えない。むしろ多様さを増す子ども達・保護者のニーズにこたえる人材の多様性確保が急務なわけで、ある一定の学び方・方法でしか教師を育てる方策を持たない現行の形こそ、ドラスティックに変わらなければならないと感じる。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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