FC2ブログ
topimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimage

2020-08

2013.9.20-23 東京、埼玉・・・メモ - 2013.09.24 Tue

 今回の東京、埼玉行きは、結果的に、緩やかに過ごせる時間も多く、ぼくなりの倫理(ということばは、倫理ということばの本義とそもそも矛盾するのだが)や誠実さについて、考える時間になった。おおげさでなく、一人の、人生をアートしたいと願い続ける者として、久しぶりにどっぷりと「表現」と向き合う時間になった。
 そのキーワードは、「歴史から照射するということ」と、「居続けることでしか見えないものを信じるということ」の二つ。以下うまく書けず支離滅裂なものになるだろうが、未来のどこかで幾度も振り返る地点(プラットフォーム)を作っておくという意味で、珍しくメモを残しておこうと思う。

 20日、金曜日の遅い時間に、立川に入り、有名な深井隆のイスに座る。
 立川の人々にとって、100を越えるアートは、既に生活の一部である。歩く人たちはその珍妙なオブジェの数々に目もくれない。隠喩がやがて、言語の隙間の中にあたかも前からいたように居場所を見つけていくような・・・。アートの賞味期限、パブリックアートの可能性と限界、そんなものを、やっと出会えた幸せを感じながら、考える。合わせて、それでもこのモノたち、このヒトたちには、この街の移り変わりを、この場に居続けてみてきた強さがあるということも。かつて今を切り取る様に鎮座されたアートが、歴史の一部になり、歴史の一部としての価値を賦与されて語りかけてくるようになる…。

 幾本かの電車を乗り継いで、狭山市へ行く。
 西脇KAI拡大イベント。未来の教育の在り様を考える。本を読んで、ものすごいファシリテーターであることは既にわかっていた青木将幸さんとのはじめての出会い。逡巡するファシリテーター。今、この地点がどこなのか、それを議論の流れと関係性の中で手探りする気配。ステキだった。そして前から会いたかった坂内さん。坂内さんは、ぼくが考えているよりももう少し柔軟な人で、そして未来をどのようにみようかを手探りする空気の中に居る人だった。

 ぼくは、会の冒頭で二つのことを中心的に話した。一つは、ワークショップもファシリテーションが機能する場も、ぼくには居心地のよい場所ではない、ということ。もう一つは教室のセンターメディアとしての教師は、批評する力や相対化する力(メディアリテラシー)を子どもたちと育んでいく中で、最終的に自らの場所を決定的に瓦解させていくことになるということ。会の終盤は、ぼくは金魚鉢の真ん中を出て、一番外の壁に寄りかかりながら、周縁から中央へと不規則発言を繰り返す。まさに北海道の、しかも北海道の中でも二重三重に差別的な構造と収奪的な大地の隅っこから発言し続ける、ぼくの立ち位置そのものである。ぼくは、もうこれ以上真ん中には居られなかったが、だがその場に踏みとどまることも必要なのである。そういうことと、最初の話との関わり合いの構造を、ぼくと共有できる人は何人いただろうか?

 夜は秋川渓谷へ。すばらしい仲間達との一期一会の場に感謝しながら、ぼくはきっとこの夜をこれからもずうっと思い出すだろうと思う。そして、この場をハブ空港のようにして、結局ぼくはどこか違う場所に旅立っていくのだということも。
 「このままではしょぼくなるぞ」。そう、ずうっとこのままなら、しょぼくなるのだ。ぼくはそのことばを本当は泣くようにして聴いている。それはどちらからでもない、「こんにちは」と「さようなら」の合図である。

 福生まで送ってもらい、そこからの電車は坂内さんと一緒する。坂内さんが、とつとつと、しかし熱をもって坂内さん自身の今から続いていく未来の話をする。
 教育の世界とそうでない世界と・・・その間を生きつづけながら自分の表現を希求してきたぼくは、その話を聴きながら、ぼくの未来は、結局どのようなものなのだろうと考えていた。
 ことばにしていくものは、その端から違っていくように思える。

 宿泊の場所からほど近いmAAch ecute(エキュート万世橋)へ。
http://www.maach-ecute.jp/
ここは旧万世橋駅のプラットフォームを再開発してショッピングモールとして再生した場所。最近出来たことを知り、ちょっと寄ってみたかった場所だ。運よくカフェにも入ることができる。カフェの両側の窓のすぐ外をひっきりなしに往来する中央線の流れにめまいを感じながら、歴史と今と未来がクロッシングする場所にいることを、実感する。このめまいに耐えて、ぼくはそのような交差点で自分を生きていくことになるのだ。

 夕方からは森美術館へ。六本木クロッシング2013“「アウト・オブ・ダウト」展 日本現代アートのいまを問う”。
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix2013/
 今回の展覧会は、今を切り取る現代アートのカタログにとどまらず、そこに戦後アートの再評価そのものを滑り込ませていくことで、交差する場所が鮮明に見える、そういう展覧会。壮観だった。
 終了後、夜、この展覧会を企画したキュレーターたちによるパネルディスカッション。2時間。アートが未来に社会に貢献できるということを信じる力の強さに打ちのめされる。
では、言葉は・・・ぼくが寄りかかってきた言葉に、ぼくはいつの間にか、助けられるだけになっていないだろうか。研究的実践者として、教育のこれまでと深く切り結んできた一人の存在として、ぼくは、やはりぼくの今と未来を、歴史から照射するやっかいな仕事から逃げ出してはいけないのだと思う。

 翌日は御茶ノ水で会議。
 聖橋の上から、中央線が行き来するプラットフォームを見下ろす。いずれにせよ、ぼくはぼくのここまでを背負いながら、もう少し先まで歩いてみようと思う。
 授業づくりネットワークの事務局会議。雑誌の今後、NPOの今後、集会の方向・・・いろんな未来の話をしながら、ぼくは六本木クロッシングのこと、そしてそれを見事に価値づけてくれたパネルディスカッションのことを思う。
 これまでの歴史的な文脈を語ることなしに、ぼくの場所を語ることはできない。ぼくたちの新しい提案をより明確に照射するものとして、歴史がしっかり入れ込まれていく必要があるのだ、と。

 ぎりぎりの時間に御茶ノ水の駅から電車に飛び乗る。

 結局4日間の出会いの全ての意味は、この最大級に今のぼくを勇気づける展覧会とパネルディスカッションを結節点として、照射されていくことになった、そういう4日間であったように思う。
 それは、ぼくを勇気づけ、決定づける。
 そう、あきらめないでつながりつづける、わからなくても考えつづける。答えがでなくても、そこにいつづける。

 そういうことの価値と勇気に出会い直す4日間であった。
スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://suponjinokokoro.blog112.fc2.com/tb.php/2346-2da376ec
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

今日は雨かな «  | BLOG TOP |  » とりあえず、ねよう

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター

最新記事

プロフィール

石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

月別アーカイブ

最新コメント

カテゴリ

未分類 (53)
教育 (2236)
音楽 (271)
雑記 (343)
映画 (17)
読書 (32)
美術 (15)
研究会等 (10)
自然保護 (9)
CD&DVD (0)
育児 (30)
自然 (82)
対話 (7)
思考 (38)
演劇 (5)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード