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2020-08

現実的な問題と呼ばれる世界に入りこむ前に - 2013.08.25 Sun

 日曜日の朝、珍しく確保しておいた学校のカギで、多分今年初めて、ぼくはぼくの手で学校をあけた。
 今日は27日夜の講座と29日の8時間講座の資料を作らなければならない、極めて現実的な一日だ。

 しかも夕べ遅くに、うららが水疱瘡らしいことがわかり、今週のぼくはほぼ学校への勤務を諦めなければならないだろう。

 だから今朝はまず、来週の授業の段取りを済ませ、それから終日懸案の二本に取りかかり、願わくば、3本の原稿とも格闘したい。それが現実と言えば現実なのだが、ではぼくの現実はそれなのかというと、どうも違っていたらしいという実感がこの夏を越えることで、はっきりしてきたように思う。

 考えてみればぼくは、いつもほいほいと、居るはずのない場所に立っている人だった。「身軽」と誰かがぼくのことをそう表現したが、それはかなり違っており、世界(なわばり)のありとあらゆる場所にいないと気がおさまらない。例えばクマタカが膨大ななわばりを、広がり続けるなわばりを、隅から隅まで飛びつつ確認する(ぼくはおよそあれは強迫観念という言葉がぴったりだと思っている)、そういうようなことと本質的に同じなのだと思う。

 おそらく動物は、それができなくなって死ぬ。
 人間は唯一、それができなくなった後も、「老い」と呼ばれる時間を生きることを手に入れることができた動物だ。
 老いとは、自らのフィールドを、自分の中に取り込めるということなのだと思う。
 ぼくという人の身のうち側に、それまでどこまでも外へ外へと広がり続けたフィールドが、流れ込んできて、ぼくの中で止揚されていく。そういうことなのだ。

 ぼくはやはり現実をどう生きるかではなく、現実の意味を拡張しながら生きるというのが似合っているようだ。世界を理解することへの関心は低くなったが、ぼく自身を理解することへの関心は高く、それが「ぼくが」世界を理解することなのだということもわかってきた気がする。

 ぼくはぼくのバランスの中でしっかり生きる。
 まだもう少し奥へ、まだもう少し奥へ、と願う。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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