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2017-11

少しずつ考えている - 2010.03.17 Wed

 先日の「明日の教室」では、やはり、前半の合唱指導に時間を(エネルギーを)取られ過ぎて、肝心の国語オムニバス授業が十分に展開できなかった。
 特に、ミニワークショップ型授業について、十分な練り合いと、何よりも、振り返りが全く出来なかったことは痛かった。振り返りのないワークショップなど、ありえないのである。つまり、自分が見せたものは、ただの話し合い授業に過ぎないものになってしまったという、かなり強烈な悔恨である。

 それは、例えば山川さんからの感想などを読ませていただくと、なお一層感じるところである。
 ああ、と思っているのだ。
 ぼくは国語教師なのだから。

 で、鼎談(対談)は、短い時間としてはまずまずだったと、実は思っている。
 前に行われた二つの活動に正対せず、ぼくへの興味を突き詰めていく形で展開されたのは、ぼくにとっても幸せなことであった。
 池田さんも、糸井さんも、ぼくのことを鼎談の中で「天才」だと言った。
 ぼくは、もちろん、「天才」などではない。練習や修業、鍛練は大嫌いで、出来る限り思いつきでいろんなことをしてきたことは認める。しかし、それは「天才」というようなものではなく、まあ、「変人(狂人)」ということになる。

 ぼくはたしかに、自分のことを、多分「変人」の一人なのだろうと思っている。それは、文字通り、精神的な意味でも、そういうものに限りなく近いのだろうと考えている。
 で、その「狂気」を、どのようなバランスの中で飼殺しにしているのかという話でいえば、それは飼殺しにしているのではない。「変人」であることを自分で自覚すること。そして、できる限り「変人」としての自分を認めてもらえるようないろんな策を巡らせること、そういうことだ。
 それと、バランスは、走り続けることの中でのみ保たれているということでもある。立ち止まったら、死ぬのだ、多分。

 明日から、いよいよ写真展の直前準備、そして実際の展示と怒涛の二日間である。
 また、そのまま、NW関東集会に流れ込んでいくことになる。
 写真展には、取材も入っていただけることになったし、何よりも子どもたちにとって、誇らしい日々になるだろうと確信している。

 子どもが押さえきれない感情を表現する場が、授業であったらいいのに、といつも思っている。
 総合的な学習の時間は、ぼくにとっては、これまでもこれからも、まさにそういう授業を紡ぎうる素晴らしい場所としてあり続ける。

 京都から帰ってきて体調の悪い日が続いている。
 熱が出て、身体に力が入らない。やりたいことはたくさんあるのだが、全てをすることは難しい。
 NW大会に資料を持っていきたい。雑誌原稿も書きたい。

 まあ、とにかく少しずついろんなことを考えている。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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