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季刊『合唱表現』休刊…から広げて考える - 2009.10.26 Mon

 松下耕氏の責任編集である『合唱表現』誌(東京電化)が、30号をもって休刊となった。季刊での刊行だったが、それでも、足かけ8年になる。
 ぼくは、創刊号から定期購読してきたわけだが、今日、その30号が届いて、中に、休刊のお知らせが入っていた。
 この雑誌、松下氏の独特の嗅覚が生かされて、おもしろいライターがそろっていた。特に全国の小中学校のすぐれた合唱指導者たちの文章を読むことができることが、ぼくにはうれしかった。藤岡直美さんの文章なんて、他でそうそう読めるものでもない。
 富澤裕さんの連載とか、実におもしろかった。

 紙面を読んでいくと、ライターのみなさんも、休刊を意識して書かれているし、最後の特集が「私たちが歌う理由」であることも含めて、突然の休刊ではないのだろう。つまり、ずっと発行は苦しかったのだろう。30号。足かけ8年。立派といえば立派だが、悲しい。

 雑誌が冬の時代と言われて久しい。
 これは、専門誌に限らず、一般誌もどんどん休刊になっているのだから、相当の厳しさなのだろう。

 前任校でも、現任校でも、(このブログを読んでいる知人も多いわけで少し書きにくいが)職場を見渡しても教育雑誌の定期購読をしている教師の数はこの20年で激減した。
 地域の本屋から注文した教育雑誌が届けられる先生を見なくなった。部活動に関する専門雑誌の定期購読をする先生は、まあ見るけれども、それすら、以前よりもずっと少なくなった。気に入った号だけ買う。必要な号だけ買う。そういうことは、まあ、あるのだろうが。
 いや、学校じゃなくて、自宅に届けられているのだろう、と思いたいが、多分違うだろう(笑)。

 インターネットの普及が、こうした雑誌の購読を必要としない機運を生み出したことは否定できないだろう。
 だが。
 ぼく自身がインターネットに情報発信をするということと、雑誌に執筆をするということの両方を行う人間だから、実感を持って書ける。原稿料をいただいて書く雑誌原稿の方が、このようにしてネットに垂れ流す駄文よりも遥かに精度が高く、真剣で、丁寧である。そんなことは分かり切ったことだ。これは、みんなそうだろうと考える。
 編集者の目をくぐって、選ばれて、雑誌の原稿は存在するわけだ。比べるのもおこがましい、精度の違いがある。

 若いころ、先輩教師に教わった。自分の専門教科に関わるものと、総合的な情報を網羅した雑誌。2冊は最低定期購読しておきなさい、と。
 ぼくは言われた通りに購読してきたわけだが、今となっては、諸先輩に感謝以外ない。
 「定期」購読というのが重要なのだ。つまり、自分の興味のない情報や知らない情報が、送られてきて、目にせざるを得ない・・・しかし、そのことが重要なのだ。まさに、先行投資。ハウツーではない、今をしのぐために読むのではなく、未来への投資なのである。年間10000円前後の投資だ。安いものである(安いと、ぼくは思う)。

 雑誌には「特集」がある。つまり、情報がある視点を持って提供されている。またすぐれた雑誌の場合、多様な視点を提供してくれる。文部科学省の考え方に近いものから、それとは遠く離れたものまで…。教育の世界には、いろんな考え方があるのだ。
 そうしたものが、長く読んでいくと、自然に身についてきた。授業を見ても、人の話を聞いても、それが、どういう文脈で、どんな背景を持って、どんな立場から、実践されたり、語られたりしているのかが、おおよそわかる。
 30代の半ばくらいになって、校内的に中核的な仕事を任されるようになって、そうした学びはまさにボディブローのように効いてきたわけである。

 ということで、やっぱり、若い先生方の学び方がとても気になる。
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 私が若いころに先輩教師に教えられたもう一つの大切なことは、金を惜しむな、ということだった。情報は身銭を切って手に入れることではじめて自分のものになるのだ、と。
 それは、ともに学ぶ仲間を作って、定期的に集まって実践を交流し合いなさい(書きなさい、まとめなさい)、ということであり、自分の足で自分の財布で行動しろ、ということであり…。だから、土曜日休みが定着していない時期にも、日曜日にいろんなタイプの研究会に出かけた。自分に合うものを見つけるには、たくさんの合わないものに出会うことが必要なのだ。一発必中を果たせるほど、賢くないもの。でも、今の個人主義の世の中に、こんなアナクロなオジサンの発言は馬鹿にされるだけなのだろう。

 もっとも、この話も、雑誌購読の現状と、ぴったりくっついた問題なのである。
 また、若い先生が学ぶ仲間を作らなくなったことも、気になる。ライバルがいたのである。そして切磋琢磨して学んだのである。子どもには、勉強のライバルを作りなさいとか言っているわけだが・・・では、自分は、どうか・・・。仲間作りが下手で、気ごころの知れた相手や読みなれた考え方の記載された書籍にだけしがみついてしまう状況は、同僚や他の学校の先生との(もちろん保護者や生徒との、という問題もあるのだが)コミュニケーション下手の問題と無関係ではあるまい。

 ちなみに、ぼくには20年来のライバルがいる。彼もそう思ってくれているといいのだが。20年前、とある集会で出会った時に、二人でいい仕事をしようと誓い合ったのである。今も書いた通信は必ず送っている。彼からも書いたものや手紙が、その都度送られてくる。

 大前暁政さんや、長瀬拓也さん、道内でも、山寺潤さんや藤原友和さんなど、20代半ばから30代前半の年齢で、同世代の先生方の学び方問題に目を向ける実践家が登場してきている。
 実は、ぼくらが企画する集会には、徐々に若い先生が集まらなくなってきている。中堅の先生がいっぱいだったりする。堀くんとも先日話したのだが、ぼくは、この原因はやっぱり、ぼくらが年を取ったこと、それに伴って知らず知らずぼくらの問題意識が、若い世代の先生方の問題意識とずれてきていること、なんじゃないかと思っている。
 老兵は去りゆくのみだ。
 彼ら若い世代のがんばりに大いに期待を寄せたい。

 なんだか話が広がったが。
 なにはともあれ、『合唱表現』。30号も楽しませてくれてありがとう。大切に取っておいて、読み返したいと思います。
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Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
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