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2017-10

最近読んだブログの記事から - 2012.06.20 Wed

 毎日ものすごくたくさんのブログ記事を読む。
 最近心にひっかかって、記録しておいたもの。


<赤坂真二さんのブログから>
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/shinji-akasaka/
 「人と仲良くする具体的方法を考える」と問うと、大人の場合、思いやりが大事だとか優しくするとかといった抽象論が出てくる。しかし、小学校1年生に問うと「カエル池に一緒に虫を捕まえに行く」とか「お家に呼んで、ハート型の手紙を上げる」という答えが出てくる。極めて具体的である。体験的記憶を総動員している感じがする。大人はそれにまつわる体験が子どもより多いから、それらを統合して抽象的な考えて出てくるのかもしれない。
 具体しか語れない大人も困るが、抽象しか語れない大人もどうか。具体と抽象のバランスが大事だ。「この場合は、たとえばこういうこと(具体)が考えられる。なぜならば、こういう傾向があるから(抽象)」というような、ことは当たり前に話せるようになりたいと思うが、現実にはけっこう難しい。

<琴寄政人さんのブログから>
http://blog.goo.ne.jp/kotoyorimasagoo
 どんなにすぐれた技術や実践も、別な教師(大人)にかかると無惨な結果を生む。その原因の多くは、技術や実践の中にはない。「態度」がいけない、あるいは「態度」が<学校的>だからだ。分かりやすく言えば、「子どもとはこういう(未熟な)ものだ」という承認ができずに、「子どもとはこうあるべきだ」と考えているからだ。こういう態度を「子どもが嫌い」だという。

<阿部隆幸さんのブログから>
http://hobby.abetaka.jp/
 なんか、いらいらする。すべての信号が赤。毎回、止まらされてるわたし。

<伊藤崇さんのブログから>
http://finnegans-tavern.com/hce/
 現代にあっては,歌はすでに電子的に消費し尽くすもののようでもある。それを可能にするのはある種の複製技術であるが,そもそも歌における「複製」とはどういったプロセスを指すのか,よく考えておかねばならないだろう。

<塩崎義明さんのブログから>
http://shiozaki.blog48.fc2.com/
 もっと言えば、授業中に立ち歩くのは自分が悪いと考えるのではなく、待ってました!さあどんな指導のアイデアがあるだろうか、と前向きに考えられるかどうか。

 どうせ壊れていく自分であるならば、このようにひらきなおった方がいいです。

<盛本学史さんのブログから>
http://blog.goo.ne.jp/stsmrmt/
 前年、深川市在住の画家である高橋要さんのところに行って、話しをした時、
「盛本君の歳の頃は、私は、毎日13時間くらい、絵を描いたり、その為の何かをしていた」と言っていたのを思い出し、
私もそうすることにした。

 「その為の何か」については、深く考えないことにした。

 私は、描きたいだけ、描いた。

 退職騒動の中で味わった口惜しさや辛さは、私の闘争心をかきたてた。
 退職騒動の中で味わった孤独は、一人で描き続けることの孤独感を随分とやわらげていた。

 無理に一年間、教職を続けたことは、意外にも、自分にとってプラスに働いていた。
 私は、毎日、ほとんど怠けずに絵を描き続けた。

<田中博司さんのブログから>
http://blog.goo.ne.jp/o-tnk/
 子どもたちにアンケートをとったところ、今、学校で楽しいことに、「クラス遊び」「お楽しみ授業」「プロジェクト活動」「読み聞かせ」「カルタ」などがあげられていました。
 およそ担任の思いとも同じで、ちょっとホッとしました。クラスを自分たちで作っていくという意識は次第に根付いてくれているようです。
 教科はやっぱり体育、図工、音楽、家庭科などの実技教科が人気です。
 こうした点からも、やっぱり「活動」と「協同」を授業の中にもっと取り入れていきたいところです。

<神吉満さんのブログから>
http://plaza.rakuten.co.jp/kamisen/diary/
 もちろん、活動させたら寝ません。
 寝させない方法はあるのです。
 ただ、本を読み聞かせたり、すこしまとまった話をすると寝てしまう。
 これは、これでよくないなぁと思うのです。

 エネルギーのなさがとても心配になりました。

<吉田孝さんのブログから>
http://yoshidatakashi.cocolog-nifty.com/blog/
今、生活保護の受給額が毎日労働をしている人の賃金を超えることが問題になっている。生活保護費というのはもちろん労働力に対して支払われているのではなく、労働の機会のない人が最低限の生活をする(ただ生きていく)ための費用なので、賃金を超えることはありえないはずだ。生活保護の受給額が賃金を上まわるということは、逆に労働しているのに労働力の価値分すら賃金を得てない人が存在することを意味する。いわゆるワーキング・プアである。つまり、マルクスが問題にした資本主義よりももっとひどい状況が生まれていることになる。そして、この状況は年々広がっていくだろう。
出口はどこにあるか。やはり政治の力しかない思うのだが。

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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