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2017-10

★学びのしかけプロジェクトメールマガジン218号 今宮信吾さん&松崎正治さん「「児童詩にあこがれ、子どもと共に育つ先生への道-6 学びを考える-」 - 2012.03.19 Mon

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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
                218号 2012年3月19日発行
                      (毎週火金日発行)
http://www.jugyo.jp/
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★目次★
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1.「児童詩にあこがれ、子どもと共に育つ先生への道
   ─6 学びを考える -「ライフヒストリー」編集委員
                  関西大学初等部   今宮 信吾
    同志社女子大学   松崎 正治
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 今宮さんと松崎さんの研究ペアによる6回目です。
お二人のこれまでの号です。合わせてお読みいただけるとうれしいです。
1回目 http://archive.mag2.com/0000158144/20110617230000000.html
2回目 http://archive.mag2.com/0000158144/20110814230000000.html
3回目 http://archive.mag2.com/0000158144/20111023230000000.html
4回目 http://archive.mag2.com/0000158144/20111223230000000.html
5回目 http://archive.mag2.com/0000158144/20120220230000000.html
                           (石川 晋)
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1.「児童詩にあこがれ、子どもと共に育つ先生への道
   ─6 学びを考える -「ライフヒストリー」編集委員
                 関西大学初等部   今宮 信吾
   同志社女子大学   松崎 正治
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 児童詩教育を中核とした小学校教育を二十数年実践してきた今宮信吾さ
んに、松崎正治がライフヒストリーをお尋ねするミニ企画の6回目・最終
回です。
 今宮さんは、高校時代に出会った灰谷健次郎の児童文学作品をきっかけ
として大学生の頃に児童詩教育に興味を持つようになりました(第1回 
103号)。
 1987年に、農村地帯の小学校に新任として赴任しました。その学校で児
童詩教育を中核に実践を2年間、実にのびのびと展開することができまし
た(第2回 127号)。
 3年目の1989年に転勤し、大阪の子ども詩の会に子どもたちと共に参加
して、児童詩教育に本格的に取り組んでいきました(第3回 156号)。
 さらに今宮さんは、20歳代から30歳代にかけて、子どもたちとの関係の
中で、いのちの教育に目覚め、教師として成長していきました。(第4回
 182号)。
 1995年1月17日の阪神淡路大震災に遭遇したことをきっかけに、人間と
して、教師としての転機に至りました。「人間、生きているだけでまるも
うけ」そんな心境になりました。(第5回 205号)
 今回は、大学の附属小学校への転勤を経て、児童詩教育実践が深まって
いく様子をお聞きします。
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■附属小学校へ■

(松崎)3校目の西宮市立高須東小学校では30歳から34歳までの5年間お
られたわけですが、その次に神戸大学発達科学部附属住吉小学校へ1999年
に転勤されます。4校目で7年間、35歳から41歳までの脂が一番のりきっ
た時期をここで過ごされます。ここへ転勤されたのは、どういう経緯があ
ったのでしょうか。

(今宮)
 高須東小学校では、1年目の1年生担任で震災を経験し、その後5・6
年生、1年生、再び5年生と担任しました。震災後の労働組合の対応に疑
問を抱き、職場の仲間の理解も得て、組合を脱退することになりました。
結果としてそれが私を附属小学校へと導くことになります。

(松崎)
 なるほど、そういうことがあったのですか。

(今宮)
 2回目の5年生を担任していた時の2学期末に、校長から
「神戸大学の附属小学校から今宮先生にきてもらえないかという依頼があ
ったがどうかね」
という話がありました。
「えっ、先生、私異動願い出していませんが」
「これはそれとは別のはなしだから」
「それにしても、今5年生ですし、研究担当の仕事もまだ2年目です。来
年は、作文の研究会を受ける予定ですが」
「それは十分承知していますが、いい話だと思うので、面接にだけ行って
みたらどうですか」
「断ってきてもいいんですか」
「それはもちろん人事のことですから」
 結局、出かけて行ってみると、すると、すでに話は決まっていて、着任
のための書類を預かって来ました。非組合員の悲しいところです。不平を
申し立てることは、ルールに反すると思い、私は転勤することにしました。

(松崎)
 周囲の方からはどんな反応がありましたか。

(今宮)
 親しくしていた日本作文の会の仲間からは、
「あんたが附属へ行ってどうするの。もっと大変な子を相手にしていくの
が綴り方教師としての在り方じゃないのかな」
など、見損なったといわんばかりの声もありました。
 そんな中でも、こんな声もありました。
「今までとは違うタイプの附属小学校の先生になったらいいんと違うかな。
それに、附属小学校と言っても同じ子どもやで。それを特別な子だと思う
のはどうかな。」
 このことばで決めました。「人と違う」ということは、私が教師を続け
ることの芯になるものでしたし、子どもたちにもそういう子に育ってほし
いと思っていましたから。結局、高須東の同僚には、迷惑をかけることに
はなりました。

(松崎)
 「『人と違う』ということは、私が教師を続けることの芯になるもの」
というのは、興味深いですね。常に人と違うことを求めるというのは、自
分が自分であることをしっかり確認したいということでもあります。
 さて、附属小学校に移られて、どんな印象を持たれましたか。

(今宮)
 附属小学校に行ってまず思ったことは、忙しさが半端じゃないことです。
よくみんなが言っていたのが「ビデオの3倍速モード」普通の学校の3倍
くらいの時間の流れだということです。でも、ここでは、研究とは何か、
授業とは何かということを徹底的に考えさせられました。

■子どもたちのこと■

(松崎)
 さて、附属小学校での教育実践で、3つほどお聞きしたいことがありま
す。
 1つ目は附属の子どもたちのことです。2つ目は児童詩教育の実践的深
まりについてです。3つ目は同僚性についてです。
 まず、1つ目。「附属小学校と言っても同じ子どもやで。それを特別な
子だと思うのはどうかな。」という言葉が先ほどありましたが、実際はど
うでしたか。

(今宮)
 「附属の子なんだから、バスの中では静かにしなさい」とか、「附属の
子なんだから、こんなふうな勉強できて当たり前やろ」とか、必ず何か言
うとき、「附属の子なんだから」って付くんですね。教師もそうですよね。
「附属の先生なんだから」って。
 子どもたちを見たときに、すごくプレッシャーに負けそうな子とか、実
際負けてる子とか、もうボロボロの子とかおるんですよね。そこは、今ま
でやってきた生活綴方と質の違う意味での、附属の子にとっての生活綴方
みたいなことが、児童詩でできるかもわからないと思いました。

(松崎)
 子どもたちが抱えている、「附属の子だから」というある種の抑圧的な
レッテルから、子どもたちを解放していき、自分らしさをつくりあげてい
く手伝いをすることが、今宮さんの附属での重要な仕事になったのですね。

(今宮)
 そうです。そこに自分が附属にいる意味を見いだしたのです。

■児童詩教育の実践的深まり■

(松崎)
 なるほど。では2つ目の児童詩教育の実践的深まりについてです。
 今宮さんは、児童詩を作るときに大事なのは、題名と比喩(低学年には
今宮さんは「たとえ言葉」と説明)だとおっしゃいますね。それらを通し
て、今までの見方で見えなかったものを見ようとするねらいがあるように
思うのですが、どうでしょう。

(今宮)
 私は、詩人を育てようとは思っていないです。最終的にねらっているの
は、ものを見るときに、人と違うところに目を向けて物事が考えられたり、
人前で何かしゃべるときに、ちょっと気の利いた例え言葉で司会ができた
りとか。

(松崎)
 なるほど。私と藤原顕さん(福山市立大学)が、附属小学校3年生今宮
学級での国語科授業「私のびっくり詩を作ろう」(2006年1~2月)を見
せていただいたとき、次のような場面がありましたね。今宮さんは、Aさ
んの詩を次のように板書しました。

「風」
風って思っているよりすごい/だって、人をとばす事があるから/風にび
っくり

 そして、「アドバイスするところある?」と、今宮さんは問いかけまし
た。子どもたちは、「短くてわかりやすい」などと答えていました。
 さらに今宮さんは「たとえ言葉にするとしたら、どこができそう?」と、
比喩表現について尋ねていきます。Aさんは難しそうにしていたので、今
宮さんは、「人が飛ばされるのを見たことがある?」と問い直しました。
Aさんは「傘ならある」と答えますが、他の子どもたちもこれに触発され
次々に語り出しました。またBさんは、「雨に傘をとばされた弟が、傘を
とろうとして風にあおられ空中に浮かんでいるようになった」経験を、ジ
ェスチャーも交えながらユーモアたっぷりに話しました。他にも、「傘に
引っ張られているようになった」「飛んでいきそうに感じになった」「体
がメリー・ポピンズみたい浮くような感じだった」「傘がキノコみたいに
なった」など、多くのたとえ言葉が出てきましたね。

(今宮)
 言葉がどんどん出てきます。誰かが言ったり書いたりした言葉の影響を
受けて、自分も詩を書いてみようと同じ題材で自分が経験したことを書い
たりします。

(松崎)
 そういう連鎖反応は、他の子どものものの見方や表現の仕方に触発され
るのでしょうね。

(今宮)
 僕はそれを「間接的指導」と言ってるんですよ。詩のある教室を作ろう
という。でも、今力を入れてるのは先生と子どもが一緒になって詩を練り
上げていく共作ですから、割と「直接的指導」なんです。
 どっちか一方では多分だめで、やはり直接的指導を入れるときに、間接
的なものができていないと、有効に働かないんです。

(松崎)
 なるほど。「間接的指導」は、言葉が生み出されてくる場作りと言えま
す。そして、先生と子どもが共作する「直接的指導」とで、車の両輪のよ
うにして、詩が生み出されていくのですね。言葉で表現されて初めて世界
が立ち上がるという感覚です。まさしく言葉の力ですね。

(今宮)
 そうです。先の1つ目の子どもの話に戻ると、学校の学習というところ
だけで生きられない子は、詩を書いたときにトップに立てるいうのかな。
学級の中でも位置が上がってくるというようなことがあるんですね。あっ、
おもろいこと書きよるなということを、周りの子も、保護者も感じてくる。
だから、詩を書くことでそういう子が救われるという面は、一方であるん
ですよね。

(松崎)
 それは大事なことですね。

(今宮)
 そこは重視したいですね。だから、勉強ができない子とか、ちょっと周
りから疎外されそうになってる子には、どんどん直接的指導していきます。

■同僚性■

(松崎)
 では3つ目の同僚性についてです。北六甲台小学校時代以上に、附属小
学校では学校の研究体制がはっきりしていますよね。今宮さん自身も研究
部に所属して、学校が掲げるテーマの研究をしないといけないわけです。
今宮さんの中では、附属時代のほとんどは学校の研究テーマと児童詩教育
とは、2本立てでダブルトラック状態だったそうですね。最後の方では学
校の研究テーマと書くことや児童詩教育と関わらせていく方向で考える可
能性もあったようですが。
 附属小学校の実践研究は、学校全体で進めて行くものですから、同僚の
先生方が使えるように技術を一般化していく方向であるように思います。
一方、今宮さんの児童詩教育は、子どもの詩に関わる独特の教育的かつ文
学的なセンスが必要ですね。それは、鑑識眼とでもいうべきもので、なか
なか一般化しにくい、職人芸的なところがありますね。だから2本立てで
進めていかざるを得なかったのかなと思います。

(今宮)
 そうですね、児童詩教育の実践は、他の先生には見えにくいし、見せに
くいものです。また、学級通信を出すことに対する同僚からの反発もあり
ました。さらには、なぜか公立学校から多く来る実践研究への指導助言依
頼に対しての同僚からの反発も感じていました。

■附属小学校を出る■

(松崎)
 このように附属小学校には、7年間おられたわけですが、その後2006年
に5校目西宮市立甲陽園小学校へ戻られますね。42歳のことでした。附属
を出られたのは、何かわけがありましたか。

(今宮)
 7年目を迎えた夏頃に、あるテレビ番組制作会社から「小学校における
英語教育についての意見を番組で話してほしい」という依頼を受けました。
国語教育としての立場から反対を表明したような文章を書いたことがあっ
たからです。出演についてはどうしようかと悩みましたが、経験したこと
のないことに対する好奇心は旺盛でしたので、附属小学校に迷惑をかけな
いように、公立学校教諭として出ました。そこで、英語についての自分の
意見も話しました。メディアというのはこんなに影響力の強いものかと思
いましたが、番組放映後すぐに副校長室に呼ばれ、いろいろと事情を聞か
れました。英語教育を進めている学校の教員としてなっとらんということ
です。全くその通りで、私は弁解することもなく黙って聴いていました。
その結果あっさりと「そろそろ西宮へ帰りますか」ということになり、公
立小学校へ戻ることになったのです。

(松崎)
 ここにも今宮さんがずっと課題にしてこられた<組織と個人>の相克の
問題がありますね。

(今宮)
 そうです。そして、2006年4月に西宮市立甲陽園小学校に赴任すること
になりました。5年生の担任です。各学年4・5学級の学校ですが、西宮
市の学校の中では中規模校でした。私が今まで経験した学校と大きく違う
のは、6年生の半数以上が私立中学校受験をするということでした。結局
はこの学校では、5、6年生の2年間を担任しましたが、中学校受験が始
まる6年生の12月から3月までは、子どもたちが個人主義に走り、学級
経営や授業が難しかったことも経験しました。

(松崎)
 そうでしたね、私と藤原顕さんとで2007年度の終わりに今宮さんの授業
を拝見しに行きました。6年生の中学校受験が終わったばかりで、多くの
子どもたちが燃え尽き症候群状態でしたね。

(今宮)
 公立へ帰ってからの私は、校長から管理職試験や県教育委員会の試験を
受けるように勧められました。校長は私のキャリアを案じて、非組合員が
生き残るためには、ということと、附属小学校のキャリアをいかしてとい
うことだったのです。県教育委員会の試験を2度受けて、いずれも2次試
験まで行きました。いつ行政に入ってもおかしくない状況でした。

(松崎)
 42,3歳の頃でしたら、ちょうど指導主事の適齢期ですね。

(今宮)
 ところが、行政への道を切り替えてくれたのも、組合でした。私が2年
目の6年生を担任した時に、校長から頼まれて教務主任をしました。しか
し、兵庫県には、非組合員が教務主任をすることはまかり通らないという
暗黙のルールがありました。実際に組合の委員長が校長のところへ来て、
一言嫌みをいったようです。私は、それを校長から聞き、腹を決めたので
す。公立学校を去ろうと。望んだことではないにしても、兵庫県のために
行政職についてがんばっていこうと思っていたところに、そうした私にと
っては理不尽な要求がきたのです。
 校長には、「来年3月で退職します。このまま兵庫県にいてもずっと組
合の影がついて回るのなら私の思う教育はできません。」と夏休み前に伝
えていました。「どこか行くあてはあるのか」と聴かれたので、「これか
ら探します」と答えました。

(松崎)
 組織と個人の関係性が、ここでも今宮さんの進む道を変えていきますね。
今宮さんは、「長いものに巻かれろ」というのが大嫌いですから、筋を通
していくのですね。

(今宮)
 そうです。幸いなことに、「関西大学が小学校を作る準備をしていて、
その準備をするための人を募集しているから、あなたを紹介したい」と言
ってくれた人があって、2008年4月に6校目の関西大学初等部へ43歳で転
勤しました。
 準備室での経験は、小学校だけを作るのではなく小学校から大学までを
同じ準備室で作っているという貴重な経験をさせていただくことができま
した。関西大学へ移ってからのことについては、いずれまた機会があれば
お話しさせていただくことにします。

■おわりに■

(松崎)
 ありがとうございました。
 私は、今宮さんのライフヒストリーを振り返ることで、今宮実践の軸と
なる児童詩教育・子ども・個人という柱が見えてきました。この3つを自
分の中での大事なこととして筋を通すことで、大きな転機を乗り切ってこ
られたのだと分かりました。

(今宮)
 この対談を通して、実践者として貴重な経験をさせていただきました。
自分の実践を物語るこのことによって、教師である今宮信吾をメタ認知で
きました。実践をきちんと定着させるために、物語るとうことは、必要な
ことだと思いました。ここには書ききれないような苦い経験もしてきまし
たが、そういったことは、私の教師人生にとっては、些末なことであると
思って書かずに、筋になることだけを書きました。
 客観的に自分の教師人生をふりかえり、ここに書いたことを、もう一度
自分の胸にしまい直して、堂々と子ども達に向かうことができそうです。
関西弁でいうと、「ぼくの教師人生、なかなかええもんやなあ」という感
覚でしょうか。
 縁があって大学でも「国語科教育法」と「教育の技術の方法」を教えて
います。実践者の立場として、これから教師になろうとする人へ何を伝え
ていくのかこれからの課題です。そして、もう一度原点に返り、児童詩教
育の方法を考えてみたいと思います。貴重な時間と紙面をいただきありが
とうございました。また、こんな機会が得られることを楽しみにしており
ます。

(松崎)
 これで、6回にわたる今宮信吾さんの教師としてのライフヒストリーを
終わります。長らくお読みくださった読者の方々、編集の労をお取りいた
だいた石川晋さんに感謝いたします。

授業づくりネットワーク誌の最新号
→ http://www.gakuji.co.jp/magazine/network/index.html
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【編集後記】
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 最終回まで、本当にありがとうございました。
 今回は、実践の記録ということももちろんなのですが、人間今宮信吾に
大変惹かれる内容でした。私も、しばしば組合とも管理職の方々ともぶつ
かることが多く、たしかに苦労もしてきたのですが、でも今宮さんのお話
を読んでいると、それもまた楽しき人生というように読み換えてしまえそ
うな不思議な気持ちになります。丁寧に時に赤裸々に語る今宮さんのお話
を見事に引き出す松崎さんはさすがだなあと思いました。
 6回にわたる記録、本当にありがとうございます!

 次号は、インクルージョンチームから、副編集長の藤原友和さん。明日
の発行です。
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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
第218号(読者数1894) 2012年3月19日発行
編集代表:上條晴夫(haruo.kamijo@gmail.com)
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編集部ではチームに分かれてMLによって原稿検討を行っています。本メ
ールマガジンの記事を読んでいただいた率直なご意見・ご感想をいただけ
ると幸いです。本メールマガジンの内容に少しずつ反映をしていきたいと
考えています。
 編集長:石川晋
 副編集長:長瀬拓也・加藤恭子・藤原友和・佐内信之
登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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