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2011-11

嵐はいいね - 2011.11.30 Wed

 嵐はいいね。
 今しかないオーラがあるな。

 AKBも本当にいいけど、でも、今私達の国の一番美しいシーンの一つは嵐が担っていると思う。


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★学びのしかけプロジェクトメールマガジン172号 吉永紀子さん「“未知”の世界へ*ライフヒストリー・アプローチに基づく誌上「対話」(2)─「+α」を読み解くカギとしての「授業*学級づくり」」 - 2011.11.30 Wed

ぼくが編集するメールマガジンの最新号です。
今号は福島大学の吉永紀子さん。毎号日本の先端の実践者、研究者、さらに学校教育のコミットする多様な方々の論考が読めます。
→ 無料で購読できますので、毎号読んでみませんか?

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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
172号 2011年11月29日発行
(毎週火金日発行)
http://www.jugyo.jp/
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★目次★
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1.“未知”の世界へ*ライフヒストリー・アプローチに基づく誌上「対
話」(2)─「+α」を読み解くカギとしての「授業*学級づくり」
          「ライフヒストリー」編集委員
                      福島大学  吉永 紀子
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 秋澤美加子さんとの「誌上対話」を続けていただいている吉永紀子さん
の最新稿です。これまでの経過は、次の時系列でご覧いただけます。
 秋澤さんその1 123号
 http://archive.mag2.com/0000158144/20110805230000000.html
 吉永さんその1 143号
 http://archive.mag2.com/0000158144/20110923230000000.html
 秋澤さんその1 158号
 http://archive.mag2.com/0000158144/20111028230000000.html
                           (石川 晋)
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1.“未知”の世界へ*ライフヒストリー・アプローチに基づく誌上「対
話」(2)─「+α」を読み解くカギとしての「授業*学級づくり」
          「ライフヒストリー」編集委員
                      福島大学  吉永 紀子
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はじめに─対話の扉を再びひらく

 秋澤さんからの返信(10月28日付MM158号)に寄せられていた2つのエピ
ソードが胸にぐっと響いてきました。秋澤さんが、自身の観の変容と技の
獲得との間にある「タイムラグ」をどのように生き抜いてきたかのエピソ
ードを語ってくださったことで、さらに秋澤さんへの関心=問いが深まっ
てきました。

○「笑いで叱るという発想」
○「ピンチを楽しいものへと切り換える発想」

 この2つの発想が、秋澤さんにとって「不思議と(自分にはできない)
と全く思わ」なくて「それよりも、(あの子たちには、どう下ろしたらい
いだろうか?)(すごいけれど、あの子たちには合わないかもしれない)。
常に子どもたちの顔を思い浮かべながら、『まずは、とにかくやってみよ
う』の精神で」挑戦する対象になっていったのは、どうしてだったのでし
ょうか。そこには、秋澤さんの授業づくり*学級づくりにまつわる観が垣
間見ることができるのではないか─そう思えました。
 今回のキーワードは「子どものポジション(場所・位置)を奪わない」
ことと、「当事者へのかかわりをオープンにする」ことの2点ではないか
と考えました。これらのキーワードが、前回「次号で詳述する」と見送っ
ていた「緊張感」という言葉につながってくる気がしています。
 秋澤さんとの対話、その第二の扉をどう開こうか、悩んだ結果、今回は
「かかわり」を手がかりにして再び秋澤さんの実践の世界を散歩させても
らうことにしました。

1 ポジション(場所・位置)を奪わずに当事者へのかかわりをオープン
 にする教師のスタンス

 まずMM158号の秋澤さんの2つのエピソードには何か共通するものを感じ
ました。4年生のKくんの「ジョンカルビ」においても、1年生Sくんの「真
っ白のおにぎり」においても、秋澤さんはともに当事者であるKやSに対し
て直接的に働きかけていますが、そこには当事者だけを学級から離れたと
ころで取り出して指導したり、気にしないように配慮したりするのではな
く、当事者の学級におけるポジション(場所・位置)を奪わず、働きかけ
たあとも、当事者が学級の中に居るポジションを確保していく方向でかか
わっている点が共通しています。しかも当事者に対して教師がどのように
働きかけるかが、周りの子どもたちにとってもオープンになっており、周
りの子どもたちには当事者に対する教師のかかわり方が見えると同時に、
周りが見ているからこそ、当事者にとってもある種の「逃げ道」が担保さ
れているように見えました。
 たとえば、4年生のKくんの場合、「注意をしたところでなおるはずもな
く、私が注意する度に授業が中断されるのも嫌だった」と秋澤さんは考え
ていました。しかし、Kに対して逃げ場のなくなる対応ではなく、ユーモ
アのある態度でKに対して直接的にかかわることによって、Kが学級におけ
るポジション(場所・位置)を見失わずに物理的にも精神的にも戻ってく
ることができるよう対応している様子が感じられました。
 また、1年生のSくんのケースについても、悪気のないクラスの子どもた
ちの「かわいそう」をしつこく繰り返している場からSだけを一時的に離
すのではなく、その場に居ながらにしてSに対する「かわいそう」を払拭
するために「一か八かテンションをあげて」Sに声をかけました。それに
よって、Sの「真っ白なおにぎり」は、それまでとは異なった周りの子ど
もたちとのかかわりの契機を呼び込むものへと位置づけ直されたのでは
ないでしょうか。
 こうしてみてみると、秋澤さんは、自身にとっての気になる子どもの存
在を、(取り出しの)個別指導の対象というよりはむしろ、その子どもへ
のかかわりをオープンなものにして、学級の中でその子どものポジション
(場所・位置)を奪わずに位置づけ直すことを通して、学級の子どもたち
同士のかかわりを編み直していくことを志向しているのではないかと考え
ました。気になる子どもの存在を学級の中で「浮いた」存在にするのでは
なく、たしかにその存在を受容するポジションを確保することが、当事者
の子どもが学級の一員として授業に参加していく道すじを拓いていくこと
につながると考えられていたのではないかと推察しました。

 子どもたちにとって、自分が相手からどのように受け容れられているか、
どのように見られているかは極めて重大な問題ではないでしょうか。お互
いをどうみるか、どうかかわるかということは、長いかかわりの歴史の中
である種固定化されてくる一面もあります。そこに教師がどのようにかか
わるかは子どもにとってさらに重要なファクターであり、なかでも「気に
なる」子ども(当事者)に教師がどのようにかかわるかを周りの子どもた
ちはよく見ています。そのかかわり方に潜む(隠れている)教師の意図を
子どもたちは敏感に感じ取ります。だからこそ、当事者に対する教師のか
かわりをオープンにし、当事者にとっては逃げ道も用意されながら確かに
自分が戻ってくるポジション(場所・位置)をしつらえることが、当事者
にとっても、また周りの子どもたちにとっても、そして教師にとっても意
味のあるものになるようにしたいという考えにつながっていったように読
み解きました。
 秋澤さんから以前にいただいた私信(8月2日付)には下記のように記さ
れていました。

   「(MM123号に登場していた佐藤正寿先生のクラスの女児の言葉:
  引用者注)あっ、授業始まるんで・・・すみません。」大丈夫じゃな
  いといいながら、授業が始まると言ってうきうき教室に走って行かれ
  てしまう。この子のこの言葉で、私は気づいたような気がする。
   「私の授業が楽しみだと思わせるようなことをしてきたのかどうか
  ・・・。残念ながら、答えはしていない。」
   初めて6年生を担任するというのに、日々の生徒指導に振り回され、
  へとへとだった。ちゃんとした教材研究をしたのかと問われると、自
  信がない。まさにその日ぐらしであった。
   問題を抱える子どもではなく、その周りにいる子どもたちを大事に
  して授業をすることが大事だと気づくようになったのは、正寿先生と
  お別れして次の学校へ転勤してからである。
   (中略)ところが、雑誌に載せたような子どもの出現である。個人
  的な問題を抱えており、それが解決できないと、あるいは解決する兆
  しが見えないと、授業を妨害する子どもたちである。この子たちとの
  出会いのおかげで、両者が影響しあっているのだということがわかる
  ようになる。(後略)

 ここからは、気になる子ども(個人的な問題を抱えている子ども)が教
室の中に自分のポジションを持てるようになることが、授業に子どもたち
が参加していく最初の一歩になるのではないかという学級づくりと授業づ
くりとの交差のありように秋澤さんが気づいていく様子が感じられます。
こうした背景ゆえに、

○「笑いで叱るという発想」
○「ピンチを楽しいものへと切り換える発想」

を秋澤さんが自分に引き寄せて考えることを可能にしたのでしょうか。
というのも、周りの子どもたちがいる場からは切り離して、当事者のみへ
の教師の個別対応でなんとか乗り切ろうという視点からでは、これら2つ
の発想を秋澤さんが必要とする論理は見えにくいように思います。当事者
に対するかかわりという姿をとりながらも、実は「周りの子どもたちを大
事にする」ことをそれまで以上に優先的に実践しようとすればこそ、これ
ら2つの発想は秋澤さんにとって必要なものになってきたのではないかと
考えました。
 秋澤さんの中で、学級という輪郭をより際立せて授業づくりを考えてい
く道すじの一端が垣間見えるエピソードには、「気になる子ども」ほど、
学級の中でのポジションを奪われることなく周りの子どもたちのかかわり
の力にエンパワーメントされながら自立・自律していく場を求めている、
そうした経験を必要としているのではないかという子ども観のようなもの
が見える気がしているのですが、どうでしょうか。

2 内的「緊張感」があるからこそ学びの場に自らをかかわらせていくこ
 とができる

さて、秋澤さんが気になる子どもへのかかわりを周りの子どもたちとの関
係においてとらえ直していくのと並行して大事にされてこられたことの一
つに、授業での「緊張感」ということが挙げられていました。私はMM143
号で「次号で詳述します」と述べていた「緊張感」というキーワードにつ
いて、「1」と関連づけて少し考えてみたいと思います。
 『授業づくりネットワーク』第296号(2010年3月号)に秋澤さんは下記
のように記述されています。

   「授業づくり」といっても、毎時間納得のいく授業は難しい。しか
  し、少なくとも子どもたちが授業に気持ちが向く仕掛けをしていくこ
  とが必要ではないかと考えている。一年生の国語では、音読→新出漢
  字・・・と、毎時間の授業パターンを決めるようにした。私は、子ど
  もたちに緊張感を持たせ、「授業で鍛える」と決め、音読の時間で短
  く全員のことを評価している。(中略)
   どの子どもにも一人の人間として本気で向き合いたいと思っている。
  だから子どもと交わした約束は必ず守り、守れなかったときには素直
  に謝る。なぜなら、人として当たり前のことだからこそ、敢えて子ど
  もたちの前で「やってみせること」が大切だと思うからだ(41頁)。

 秋澤さんのいう「緊張感」とは、「子どもたちが真剣になれるような状
況を作ること」(8月10日付私信)という意味です。この「緊張感」とい
う言葉で思い出される実践があります。今泉博さん(現・北海道教育大学)
の『どの子も発言したくなる授業』(学陽書房、1994)によれば、子ども
の深い学びには緊張が不可欠であるという視点が示されています。少し長
くなりますが、今泉さんの言葉に目を向けてみましょう。

   《内的な緊張》は、ものごとを深くとらえるには、なくてはならな
  いものです。そういう緊張は、大いに育っていくように励ましていか
  なくてはなりません。
   子どもたちが一つのことをめぐって考え合ったり、討論がまき起こ
  ったりするときには、自然に緊張が教室の中につくられていきます。
  学習にとって意味のある緊張は、この《内的な緊張》なのです。この
  種の緊張は疲れを残さないばかりか、満足感を生みだします。それは、
  スポーツをしたあとの感じと共通したものがあります。そういう体験
  を積み重ねていくことは、子どもの成長・発達に重要な意義をもちま
  す。
   ところが《外的な緊張》が長期に続くと、逆に《内的な緊張》が育
  っていきません。
   管理的な教育は、この《内的な緊張》を抑制してしまいます。それ
  は子どもの教育に有害に作用します。リラックスできる自由な雰囲気
  は、今述べた《内的な緊張》をつくり出す上でなくてはなりません。
  学習・授業におけるリラックスは、間違いということと深くかかわっ
  てきます。間違いが許されないような教室では、リラックスなど生ま
  れません。リラックスは《内的な緊張》を生み出す条件であるばかり
  か、固定的な見方や価値観を打ち破る思考や想像力を生み出す上で不
  可欠です(54-55頁)。

 今泉さんは、子どもの思考や想像力を委縮させるような《外的な緊張》
ではなく、学ぶ対象への強い関心・好奇心やものごとを深くとらえるよう
な問いをもつ《内的な緊張》が教室に漂っていることが、子どもの深い学
びを生み出す教室の一つの条件として重要であると語ります。《外的な緊
張》は、「間違っていたら笑われないかな」「そんなこともできないの?
って怒られないかな」といった子どもの「間違い」や「失敗」に対する恐
怖心、不安を生みだし、子どもが学ぶ対象に問いを持ったり、ともに学ぶ
他者に対して考えを聴いてほしい、考えを聴いてみたいといった関心を寄
せたりという、対象や他者へのかかわりの希薄化をもたらすものとして警
戒しています。
 このことは、秋澤さんが「ユーモアで叱る」「ピンチをチャンスにする」
という発想に通じるものがあるように思います。子どもたちが授業やとも
に学ぶ他者に対してかかわりを閉ざさないようにする「リラックス」を教
師が「ユーモア」という発想に基づいて創り出すことによって、周りの友
だちや学習するという行為に対する当事者の「固定的な見方や価値観」を
揺さぶり、当事者を含む学級の子どもたちが対象や他者に自分をかかわら
せる場を保障しようとされたのではないでしょうか。そうしたなかで、子
どもが他者や対象にかかわる場で自身をふり返ること(自己との対話)を
願って、2つの発想を実践しようと試みてこられたのではないかと推察し
ました。
 しかも、そこには教師自身が「約束を守れなかったときに子どもに素直
に謝る」ことや、「ジョンカルビ」になりきっているKの応答に笑いをこ
らえながらユーモアをもって「叱る」役割を演じきったことに象徴される、
教師自身が子どもに要求することを自分の姿で「やってみせる」スタンス
というものが深く関係しているように思うのです。「1」で考えたような
子どもへのみとり、子どもに対する見方・考え方を実践していく教師自身
のありよう、子どもに正対する教師としての信念(教師観)のようなもの
を、秋澤さんがどのようにして構築されてこられたのか、今回の2つのエ
ピソードを読んでますます知りたくなりました。

 秋澤さんの実践の世界をまた少し勝手に散歩してしまいました。「授業
づくりと学級づくり」にかかわる深い思考へといざなう強い力をもったエ
ピソードに触発されて、あれこれと話題を広げすぎてしまったかもしれま
せん。秋澤さん、今回私がたどってきた散歩道の足あとを見てもらって、
また次なる道しるべのところまで、いざなっていただけるでしょうか。お
便りお待ちしています

授業づくりネットワーク誌の最新号
→ http://www.gakuji.co.jp/magazine/network/index.html
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【編集後記】
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 今泉博さんには私も2度お会いした事があります。実は、当時の私には
今泉さんのお話がよくわからなかった…。あらためて吉永さんが秋澤さん
の実践を通して今泉さんと出会い直しをさせてくださった感があります。
「外的な緊張」が長く続くと、「内的な緊張」が育たなくなる。学びに向
かう足腰はどのように育つのだろうということを切実な課題としている私
には、目が開かれる思いです。

 次号は、ワークショップチームから平山雅一さんのご登場です。どうぞ
お楽しみに。
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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
第172号(読者数1783) 2011年11月29日発行
編集代表:上條晴夫(haruo.kamijo@gmail.com)
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編集部ではチームに分かれてMLによって原稿検討を行っています。本メ
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ると幸いです。本メールマガジンの内容に少しずつ反映をしていきたいと
考えています。
 編集長:石川晋
 副編集長:長瀬拓也・加藤恭子・藤原友和・佐内信之
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Author:石川晋
北海道の中学校教師です。
教育、芸術、自然の話を緩やかにしながら、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。本体webpage(書庫代わり)は下記です。
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