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2017-05

【コンサートその6 NHK響、フェドセーエフ、ベレゾフスキー】 - 2017.05.26 Fri

 チャイコフスキーのピアノ協奏曲が聴きたい、と思って、NHKホールへ。
 2017年5月24日。
 ベレゾフスキーは、たしかこれが3回目。なんだか、ずいぶんおなかが出てしまって、中年のおじさんになってしまったのだが、圧倒的なピアノは健在。しかも、以前に北海道で聴いたときと違って、今回は、多彩な音色と弱音への気遣い、繊細な表現の幅広さに、耳を奪われた。豪壮なぶっちぎりのピアノを期待していった(確かにそういう面は健在なのだが)が、いい意味で裏切られ、表現者としての幅を広げ深めつつ彼の現在に触れることができた。聴衆大喝采、アンコールはなんと、チャイコンのさいしゅうがくしょうのクライマックス部分という 笑 およそコバケンくらいしかやらない離れ業だった。

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 実はそのピアノの前の、ショスタコーヴィチの祝典序曲でもその兆しは感じられていたのだが、後半のリムスキーコルサコフのイタリア奇想曲と、チャイコフスキーのフランチェスコ・ダ・リミーニが、とびっきりの名演だった。特に、あまり聴く機会のないフランチェスコ・・・がこれほどの名曲とは。
 フェドセーエフは、、これも、かつてモスクワ放送響を札幌で聴いたときのショスタコーヴィチ5番の爆音の印象が強く、管楽器や太鼓をぼかすか慣らすイメージだったのだが、いやあ、ずいぶんと円熟し、柔らかく美しい歌を紡ぐ人であった。N響がこの数年急速のこの指揮者との関係を深めた意味がわかる気がする。両者の好ましい関係は、ステージの様子を見るとよくよくわかった。
 アンコールはハチャトゥリアンのガイーヌより。これは、ぼくのよく知るフェドセーエフだった。ずいぶん疲れていたのだが、なんだか少し気持ちが明るくなるコンサートだった。

 東京は豊かだ。この水準の演奏を、お金さえあれば毎日のように、電車で小一時間の移動で聴くことができる。
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【コンサートその5 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン ウラルフィル&リス&パパヴラミ】 - 2017.05.08 Mon

 東京国際フォーラムA。
 5月6日。
 5000人の、およそ音楽を聴くには不向きな巨大なホール。
 前の方の席を確保できたこともあるが、パパヴラミのヴァイオリンは表情に富み、音量も豊かで、さすがであった。
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を堪能。前に聴いたのは、東京都響とウト・ウギ。ウギは既に老齢で、テクニックはおぼつかなかったが、あの素晴らしい美音は健在だった。
 今回のパパヴラミは、今が一番脂がのった時期と思う。一音一音に強いこだわりを感じさせる、考えぬいた演奏であった。
 ウラルフィルは、あまい上手だとは思わなかった。在京オケや関西の一線級、札響の方が上手なんじゃないだろうか。
 でも後半のショスタコーヴィチの黄金時代からの数曲は、豪快で楽しかった。

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【コンサートその4 大阪フィル第507回定期演奏会】 - 2017.04.26 Wed

いまは夜行バスの中。
どうしても聴きたかった大阪フィル定期。 フェスティバルホール。
4/25 19:00開演。
なにしろ大植英次の指揮でベートーヴェンの7番とカルミナブラーナという重量級公演。森麻季、藤木大地、与那城敬がソリスト。大阪すみよし少年少女合唱団とフィルの合唱団。
まず仙台フィル以来のベートーヴェン7番。これが実に楽しい。しかも集中力ある熱演。もうコンサートこれで終わりか、というくらいの力演だった。仙台フィルはヴェロとの若さあふれる演奏だったがやや強奏の非力とアンサンブルの乱れがきになったが、大阪フィルはさすが、だった。
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それでカルミナブラーナ。 これは与那城の歌唱力と表現力が圧巻。合唱団も健闘し特に男声が音量もあり言語も明瞭。良かった。しかしこの曲、なんという奇想天外な・・・。しかも人間の営みのちっぽけさと滑稽さを表現しながら、なのになんというか、明るい気持ちになるのだからふしぎだ。みんな一所懸命生きて表現して、いるんだ。

出番は少ないが、藤木の演技力と、洒脱な歌い口もよかった。森は実に見事なキャラクター設定だったが・・・今日は必ずしも本調子ではなかったように思う。それでも聴きごたえは十分であった。  大植の指揮が映える、幸せな時間だった。

ぼく自身、春からなんとなくふわふわと所在ない、そして、いろんなことが不安な日々が続いている。でも、なんだかわからないそういう自分のこっけいでみっともない選択を、そうそうそういうのってあるよね、とカラカラと笑ってもらえる、そういう感じ。 アートの力ってすごい。

【桜が散る日のフォーレ】 - 2017.04.12 Wed

 昨日は東京は冷たい雨と風の一日だった。テレビでは真冬並みと形容する天気だったが、東京の真冬とは、こんな感じなのだろうか。
 真冬並みの寒空に咲く桜もまた風情があり、満開を過ぎて葉が出始めた桜を堪能した。といっても、寒く暗い一日で、どこかへ出かける気にもならず、家の周辺で少し買い物をする以外は、静かに部屋で過ごす。

 夜から朝にかけて、ティッサン=ヴァランタンの弾くフォーレのノクターンを聴いていた。一言一言、語り掛けてくるような演奏で、なんというか・・・うまく表現できないが、異彩を放つ名演だと思う。
 寒い夜に、ふさわしい。

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【コンサートその3 加藤訓子打楽器演奏会】 - 2017.04.02 Sun

 くにたち市民芸術小ホールで三日間加藤訓子(くにこ)プロデュースの若手育成のプログラムがあり、その最終日最終公演はご自身のステージである。約10年前に静岡県舞台芸術センターで行った公演の再演。宮城聰氏が演出したものの再演。
 加藤の名を知ったのはLinnレーベルからのライヒのアルバムだ。それ以前から、こうした活動を大きく展開していたことを、残念ながら知らなかった。
 それにしても東京は恐ろしい場所だ。こんな場末の小さなホールで、世界のトップレベルのパフォーマンスに普通に出会うことができる(お金さえあれば)。

 ステージは、多種多様なパーカッション関連楽器がステージに置かれ、それを、加藤がまさに肉体の限界を削るようにして叩き続けていく。パーカッションが、あらゆる楽器の中でもっともダンスに近い、と、改めて思う。宮城演出は、この加藤のパフォーマンスを櫛削っていく。舞台袖から不意に現れる黒い男が二人、最初は演奏の終りを見計らって遠慮がちに、やがて、加藤の演奏を追い立て奪い取るように、徐々に「表現」を侵食していく。最後の最後には全てを奪われた加藤が自らの身体と大地を叩き続けていく。

 人間にとっての表現とはどのように本質的なものだろうか。
 最初は遠慮がちに、やがて容赦なく、私たちの表現を奪い取っていく黒い男たちに、様々なものことの隠喩を見ることは、今や10年前以上に容易であろうと思う。

 それにしてもマリンバは、これほどまでに繊細な音も硬質な音も奏でられる楽器なのか。バッハ、そして、ライヒを思わせる反復音楽、加藤のパフォーマンスはそのほかの楽器演奏も含めて圧巻。圧巻の一時間半だった。

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 4月から何もなくフリーになった自分には、スタートを切るパフォーマンスとして、刺激的だった。
 目標も願いもはっきりとしたものは何もないが、ぼくは、ここにずうっと座っているわけではなく、厳しい現実に、一人の人間として自分の表現の可能性にきっちりと向かい合いながら歩こうと思う。

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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