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2017-04

【手放して、進む】 - 2017.04.04 Tue

 たくさん捨てた。
 引っ越しに伴うものことの量がなにしろ膨大だった。
 自分で後始末しなければならないという思いで、一所懸命、本もCDも膨大な教具も、書棚も処分した。それでも最後は細々したものと清掃は同僚にたくさんお世話になり、なんとか北海道を旅立って、東京にたどり着いた。今度はそちらの小さな部屋で、最低限のものの受け入れと、必要なものの購入…。へとへとだ。
 今日はいろいろ事情もあって、一度北海道に戻ってきた。数日したら、また東京へ戻ることになる。そこからいよいよ本格的な日常がはじまる。

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 今回は、新しい場所での小さな生活のために、とにかく必要なものを絞り込み、捨てるという作業を繰り返した。自分にとって大切なものが何か、その過程でくっきりと見えてきた気がした。
 今日はちょんせいこさんと、今後のことについて少し話をしたが、それで、一層、自分が決めなければならないことがクリアになってきたように思った。
 捨てるのは大変だ。だが、例えば1988年から書き続けてきた個人通信を全部捨てた。自己研修通信も学級通信も全部捨てた。もちろんデータで残っているものはあるが、とにかく紙資料としてもう復元不能になってしまうことを覚悟した。中学生時代から書き溜めてきた詩のノートも捨てた。それでいい、そうしなければならないタイミングなのだった。

 三つあったアドレスのうち、主に私用に使っていたGmailアドレスと、閉じた研修サークルに使っていたGmailアドレスを捨てた。もともとのアドレス一本にしようと思っている。そうすることで、たくさん失われてしまう関係もあるだろうが、それは仕方がないと思う。ぼくはそれなりに年を取り、全てのわずかな可能性を一つ一つ信じて残すほどの余力はないのだ、おそらく。

 ツイッターも近日中に削除しようかなと悩んでいる。
 フェイスブックの友人も、申し訳ないが、つながっていくことでぼくにメリットがありそうだと思う人以外、順次削除しようと思う。
 そうして、自分のできる範囲、小さいが確実なものを、ちゃんと形にしていけるといいなあと思う。
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【次はないかも】 - 2016.10.01 Sat

 いつも、次はないかも、と思う。
 少なくとも、次はいつ来るかわからない。

 たいていのものは、むしろ、こちらの準備が整わない時にこそやってくる。それでも掴んでみようと思うことで、少しは前に進んできたように思う。

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 文化祭、終了。
 次はないかも、と思いながら過ごす二週間だった。

【雨の夜に】 - 2016.08.16 Tue

もっともらしいが内実の伴わない言葉のストライクゾーンを広げるな。
苦しくとも、自分の日常と切り結ぶ言葉で、世界を説明し尽くしたい。

【桜がさきはじめました】 - 2016.05.10 Tue

 校舎の周辺には、学校づくりに関わった人たちが植え継いできたエゾヤマザクラの樹がたくさんある。
 今日はその桜がほころびはじめた。
 昨年までは、うららと一緒に観た桜である。
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 村田栄一さんは、どれかの本の中に、学校を去ると決心した最後の年の春、桜の花を愛おしくカメラに収めた時のことを記していた(と思う)。ああ、ぼくも、いいカメラが一つほしいなあ。

 今日は、授業を間にはさんで2時間半に及ぶ長い会議があった。ぼくらの話を丁寧きいていただけることはありがたいことだなあと思う。思いつつ、しかし、去り際をどう美しく散り終えるかを考えなければならないなあとも思う。

 放課後は学外で会議が二本あったのだが、車の修理の見積もりをしてもらい、案の定かなり深刻であることもわかり、時間もどっぷりとかかって、会議は断念する。
 夜はフリードリヒ・ヴューラーのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。録音にはあまり恵まれなかった名ピアニストのまとまった録音を聴くことができてうれしい。雄輝という言葉がぴったりの、まさにドイツ・オーストリアの王道を行く演奏だ。

Piano Concertos Nos.1-5 Triple Concerto Piano Sona

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 今日はこういう演奏が聴きたかったんだな、と思う。

【阪神淡路大震災21年目。東北北関東大震災5年目】 - 2016.01.17 Sun

 もうすぐ、東北の震災から5年になる。5年を境にして、マスコミの報道は一挙になくなるだろうということを述べている人がいた。
 そうかもしれないなあと思う。そもそもぼくの学級の中学校3年生だって、震災はもう昔話。修学旅行で震災の地を巡って、それで初めていろんなことと自分の生活とを重ねて考えられるのであり、何も教えなければ、もう歴史の一ページなのだ。5年とは、そのくらい確実な時間の流れを感じさせるものだ。

 ぼくは東北震災直後、関西に住む人たちのなんだかのんびりしたツイッターの書き込みに、始終イライラしていたことをよく覚えている。そこに流れる「他人事」の空気にいらだっていたのである。
 だが、考えてみれば21年前の震災、やはりぼくら東日本・北日本の人達は、どこか、神戸で起こっている事態を「他人事」のように思ってみていたのではなかっただろうか。

 関西の震災からも、東北の震災からも、着実に時間が隔たっていく中で、ぼくらはある意味ではようやく、本当の復興の話や、当事者意識の問題や、地域エゴや、歴史的継承の問題や、そういうことに向かい合って考えられる時期にさしかかってきたのかも、知れない。ここからが重要なのだ、今日思った事を忘れないためにメモを残しておく。

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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