topimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimagetopimage

2018-06

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

結局、原稿を捨てて・・・ 『Cross Transit "vox soil"』、東京混声合唱団246回定期 - 2018.03.30 Fri

 結局、論文一本を捨て、書籍原稿を少しだけ日延べして、見たいものを見る。
 北村明子 アジア国際共同制作プロジェクト 『Cross Transit "vox soil"』・・・28日夜、せんがわ劇場。
 東京混声合唱団第246回定期演奏会・・・29日夜、よみうり大手町ホール。

 北村のダンスプロジェクト。6名+1のダンサー。一時間強のパフォーマンス。
 ステージ構成もよく練られ、謡と太鼓と音響も効果的でめりはりもあり、おもしろかった。
 北村による、日本とアジアのアーティストと共に創り上げる国際共同制作プロジェクト「Cross Transit」。今回は日本・カンボジア・インドネシア・インドのダンサー、謡い手によるステージ。
 とてもおもしろかったのは、言葉の身体性を「表現する」ということへの苦慮、だった。これは、北村自身の関心・興味の中心なのかも、とも、見ながら思う・・・。ダンサーは互いの言葉を母音・子音のレベルにまで刻み込んでばらばらの音素を体ごと持ち寄り紡ぎ合わせぶつけあって、ナニモノかの信頼を編み出そうとしていく。それは、単純に異文化を背景とする人々同士の出会いの姿(未知との遭遇みたいな・・・)と理解もできるし、昨今の日本の東日本・アジア圏の孤児化の隠喩とも捉えられる。
 が、なによりも、この活動制作そのものの困難さの表現であるとぼくには見えた。ダンサーのレベルはそれぞれ大変高く、人間の体の美しさも堪能した。
 せんがわ劇場。今回は椅子席。結構角度のある座席で、ステージがよく見える。パフォーマンス系のステージとしてはとてもよい構造だと思う。

P_20180328_195048_vHDR_On.jpg

 東京混声は、神奈川フィルの川瀬賢太郎の客演指揮。マーラーの楽曲をゴットヴァルトが編曲作品化したもの。後半はバーバーのアニュス・デイ、村松崇継の新作、そして三善の五つの童画。
 マーラーは、難曲だった。このところマーラーを聴く機会が多いので、やや食傷気味だったが、合唱で「食べる」のは新鮮。シンフォニックな響きを合唱で模写的に再現する要素もあり、陰鬱・絶唱のマーラーがぼくにはやや、マーラー独特の諧謔とは違った意味でユーモラスに聴こえる場面も。注目の若手である川瀬だが、本格的に合唱指揮は初めてということで、彼の緊張感と充実感も伝わり、うれしくなる。
 村松への委嘱作品「あなたへ」は、村松らしい(本人は無調も一瞬考えたと川瀬とのプレトークで言っていたが)美しいメロディ。これは今後日本じゅうで歌われていくだろう合唱曲に誕生に立ち会う幸福な時間だった。村松は今最も美しいメロディを生み続ける作曲家。抒情派とでも呼ぶべきか。池辺晋一郎の流れを継ぐ人なんだな(そう思ったら、会場には池辺さんも…)。
 三善は、圧巻。言葉をどう届けるかというアプローチももちろんあるのだが、川瀬のアプローチはやはり音像をどう生み出すかということなのかなと思う。結果、かつての東混の演奏とは違う、クリアである意味ドライな美しい演奏になった。アンコールは村松の”いのちの歌”。

P_20180329_181829_vHDR_On.jpg

 ぼくは去年の今ころ、東京にやってきた。昨年よりも早い桜を毎日楽しみながら、自分の決断の答えは、きっとずうっと見つからないんだろうなと思う。とにかく一年がたったんだな。

P_20180329_224757_vHDR_On.jpg

 夜強風の声を聴く。
 ずいぶん散ってしまったろうか。

スポンサーサイト

Kちゃんへ - 2018.02.16 Fri

 きみとはじめて会ったのは、もう30年以上前か。ぼくらはまだ18歳だった。
 ぼくはきみと学内で文芸同好会を興し、文芸誌を刊行したわけだが、最初からきみの圧倒的な才能に度肝を抜かれてしまった。
 今に至るまで、きみと肩を並べうる天才には、後はたった一人だけしか会ったことがない。その一人は今や人気作家の一人だから、そう考えれば、質的にまるで違う才能だけれど、きみはやはり度肝を抜く天才だった。

 ぼくは詩を書く。評論も書く。でも最初からきみの圧倒的な才能には、とても及びもつかなかった。悔しさも湧いてこなかった。畏怖という言葉に近い感情しか持てなかった。そしてきみが自分の作品の質をまるで「選べない」ことにも驚いた。ぼくはきみの作品群の中のすぐれたものと、どうでもいいものとを、確実により分けることができた、と思う。天才の中のある一部は、自分の仕事の質を自分では理解できないのだということを知ったのは、きみ(ときみの作品と)に出会ったのが初めてだった。

 大学卒業後、きみが最初の学校を辞めて(そもそもきみは学校の先生とか、全然似合っていなかったよね)、その後会ったのは、たった一度江別でたまたま乗ったバスの中だった。
 きみがちゃんと生きていて、ぼくはとてもうれしかった。
 きみが作品を書いているかなんて、その時確かめもしなかったが、きみは今だって、ちゃんと書き続けているはずだもの。

 ぼくはきみに会って、ぼくの才能のせいぜいの程度を知った。
 そして、ぼくが誰かの中にあるものを見つけたり、賦活したりすることに長けていることも知った。

 ぼくも少し、また書き始めようと思う。だれかを勇気づけたり、だれかが気が付かない内側を掘り起こしたり耕したりするために、だよ。
 そして、Kちゃん、いつか、きみが30年書き溜めてきた行き場のない作品たちを見せてほしいと思う。
 ぼくはそれを丁寧により分けて、たくさんの人の手に渡っていけるように、きっと役に立てると思う。

 ぼくも少し、また書き始めようと思う。

新しい教育施策や手法が・・・ - 2017.08.01 Tue

新しい教育施策や手法が登場するたびに、「それは前からあった」という議論が起こる。WSありました、ファシリテーションありました、アクティブ・ラーニングありました、インクルーシブありました、協同学習ありました、総合的な学習の時間ありました、論理的思考力ありました、深い学びありました、ライティングワークショップありました、リフレクションありました、プログラミング教育ありました、教室リフォームありました……枚挙にいとまがない。
それはそのとおりだが、そのとおりではない。ここをわかってもらうのが難しい。しかしここを議論しないと、全て過去の実践や成果にのみ議論が回収されてしまうことになる。

すぐれた先人のすぐれているゆえんは、多くの実践者が目をつけない、気が付かないことに、焦点をあてる「卓見」を持っているところだ。それに加えて他の人と違う努力の方法と方向も持っている人もいる。だから、例えば70年代からジグソー学習を教室で活用する先人が点のように存在することは当然である。80年代中盤に既に教えない教育を実践した先人がいるのも当然だ。しかもそうしたもののいくつかは書籍や研究成果としてまとめられており、研究的実践者としていたいなら(いることを運命づけられているなら)、それらを読み直した上で、自分の教室の実践を研究的に屹立させることは当然だ。

例えばせめて80年代以降の自学ノートの実践の集積、福山実践や岩下実践の記録に目を通すことなしに、自学ノート実践を開発したなどとは言えない。例えばせめて90年代後半のメディアリテラシー実践を知らずに、新しい視点でメディア分析実践を構築していますなどということは、不勉強をさらすに等しい、研究的実践者であるならば。
ただし彼等の誰一人時代の文脈や社会の要請と無関係にいられた者はいない。紐付いている文脈と実践や提案を切り離すことはできない。例えば生活つづり方の文集活動が、形態としては、ライティングワークショップの出版活動と酷似しているからといって、それを、「昔からあった実践です」と説明づけるのでは、歴史に学ぶ視点を持たず、歴史を押し付けるだけの老害になってしまう。ここを誠実に考えられる者が、教育実践と研究の歴史をほんの少しでも愚直に前に進められる人間だ。

新たにカタリ直されようとする実践と、既にそれは昔からあったことだという議論とは、注意深くよりわけなければならない。例えば戦後登場した新教育の流れと2000年代初頭の総合的な学習の時間とを関連付けてとらえなおすことは極めて重要な示唆を与えてくれるが、それは、今ここで、それがどのように再構成されて活用されるべきかを考えるうえで大切なのである。昔からあったものでしょ、という理解や説明は思考停止や既存学習の無批判な信奉になってしまいかねない。その視点からいえば、かつてあったものといまここにあるものが、おなじであるわけがない。以前からあったという議論の立て方は違っていると言わねばならない。

まあ、後からやってきた若い人たちは大変だ。でも、前向きにとらえようではないか。既に「ここまで」実践は積み上げられている。それを踏まえて、かけ合わせながら、新しい視点や必要を加味しながら、もっと価値のあるものを、きみたちは、生み出せる可能性の地平に立てるのだ。

しかしなあ・・・「昔からあった」を振りかざしてしまいたくなる自分を抑えることはとても難しい。ぼくも、しばしば、そこに立って、経験と知識を振り回してしまいがちだ。50歳を過ぎて、ぼくの賞味期限は切れかかっている。いや、もう切れていると、悲しいけれど、考えている。そこに立ってはじめて、もう少しぼくの日常を延命することが許されるような、そういう気持ちになる。

「協同」を是とする人々の多くは… - 2017.08.01 Tue

「協同」を是とする人々の多くは、それを是とせずに「個」を貫こうとすることの方がずっとたやすいと考えがちである。
だが、教室の子等を、職員室の同僚等を、見ていれば、周囲と一線を引き、「個」を貫こうとすることの方が、むしろ「協同」以上に大変だとわかる。
その大変さにまなざしを向けない協同主義者が、決定的に「協同」を阻んでいく。

【手放して、進む】 - 2017.04.04 Tue

 たくさん捨てた。
 引っ越しに伴うものことの量がなにしろ膨大だった。
 自分で後始末しなければならないという思いで、一所懸命、本もCDも膨大な教具も、書棚も処分した。それでも最後は細々したものと清掃は同僚にたくさんお世話になり、なんとか北海道を旅立って、東京にたどり着いた。今度はそちらの小さな部屋で、最低限のものの受け入れと、必要なものの購入…。へとへとだ。
 今日はいろいろ事情もあって、一度北海道に戻ってきた。数日したら、また東京へ戻ることになる。そこからいよいよ本格的な日常がはじまる。

17759991_1652577391436527_6103430210766079068_n.jpg

 今回は、新しい場所での小さな生活のために、とにかく必要なものを絞り込み、捨てるという作業を繰り返した。自分にとって大切なものが何か、その過程でくっきりと見えてきた気がした。
 今日はちょんせいこさんと、今後のことについて少し話をしたが、それで、一層、自分が決めなければならないことがクリアになってきたように思った。
 捨てるのは大変だ。だが、例えば1988年から書き続けてきた個人通信を全部捨てた。自己研修通信も学級通信も全部捨てた。もちろんデータで残っているものはあるが、とにかく紙資料としてもう復元不能になってしまうことを覚悟した。中学生時代から書き溜めてきた詩のノートも捨てた。それでいい、そうしなければならないタイミングなのだった。

 三つあったアドレスのうち、主に私用に使っていたGmailアドレスと、閉じた研修サークルに使っていたGmailアドレスを捨てた。もともとのアドレス一本にしようと思っている。そうすることで、たくさん失われてしまう関係もあるだろうが、それは仕方がないと思う。ぼくはそれなりに年を取り、全てのわずかな可能性を一つ一つ信じて残すほどの余力はないのだ、おそらく。

 ツイッターも近日中に削除しようかなと悩んでいる。
 フェイスブックの友人も、申し訳ないが、つながっていくことでぼくにメリットがありそうだと思う人以外、順次削除しようと思う。
 そうして、自分のできる範囲、小さいが確実なものを、ちゃんと形にしていけるといいなあと思う。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター

最新記事

プロフィール

石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

月別アーカイブ

最新コメント

カテゴリ

未分類 (53)
教育 (2236)
音楽 (271)
雑記 (343)
映画 (17)
読書 (32)
美術 (15)
研究会等 (10)
自然保護 (9)
CD&DVD (0)
育児 (30)
自然 (82)
対話 (7)
思考 (38)
演劇 (5)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。