会議の時間を守る

 全生研の塩崎義明さん(しおちゃんまん)が、ブログで、時間厳守について書いている。
 実は、今日、ぼくは、年度末反省会議でほぼ同じ話をした。
 今年私が主となって行っている校内研修が予定時間通りに始まったことは、多分一度もなかったのだ。
 私は自分の主催の研修会ではいつも、時間厳守に心がけてきた。
 だが、本当に時間厳守であってほしいのは、当然、職場だ。
 私だって時間に遅れたりしたことは、正直に言って、ある。だが、ほとんど全ての会議が時間通りに行われないというのはゆゆしき問題だ。
 終了の時間が明示されていないことも問題だ。
 学校は必ず、次の予定も決まっているところなのだから。

 その点、塩崎さんはさすがだ、その原則を、徹底して具体的に説く。

 全文引用する。

 ザ・教室blog 現場からのメッセージ

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言いたくはないけれど時間厳守のこと

先日の若手への社会科公開授業。

チャイムがなって3分間……、誰も来ませんでした。

つまりみなさん遅刻。

私と子どもたちは待ちぼうけ。

若手は自分の学級のことで手一杯であることは十分承知しつつ
「こういった時に時間が守れないというのは問題ではないか?」
と教務主任に抗議しました。

「やってあげてるのに失礼だ」みたいな上から目線で言っているのではなくて、教育現場は時間がルーズであることが当然だ(許される)と思われてしまうのが嫌なのです。

前にも書いたように、現場も、組合でも、民間教育団体の研究会でも、時間が守られたのを経験したことがありません。私はいつも待つ側です。

そして問題なのは、教師は子どものことがあるから時間に遅れてもよい…、みたいな不思議な価値観が現場にあることです。

私からしてみたらそれとこれとは別ではないかと。

時間というのは「約束」です。

守れない約束はしない。約束したなら守る。そして守れそうになかったら連絡する。

当たり前じゃないのかなあ??

 

中学校学級経営セミナー&野口塾in帯広

土曜日、中学校学級経営セミナー。日曜日、野口塾。2連続のセミナーだった。

私にとっては、なんというか、全然違う種類の集会が二つ並んで、まさに異質なものから学ぶということの体感である。

中学校学級経営セミナーは10回講座の10回目。こうした講座が連続講座として成立するということに驚きと手ごたえを感じた一年である。

野口先生の講座では、野口先生の文学読解指導は、シンプルだなと思った。基本的に、生きるということについて、前向きな手ごたえ・実感を持つことができるポジティブな読みがある。これは部分的に合理的なのではなく、全体の読みとしての十二分の整合性が前提である。そして、子どもたちがその読みに至るための、すぐれた発問がある。すぐれた発問というのは、子どもの意見を二分させればよいということではない。それは、作品の主想に深いところで呼応するものであり、まさにそのための布石であり続けるわけである。

ここから先考えたこともいろいろあるが、まあ、書かない(笑)

この数日

 寒さの底は明日だそうだ。
 ここも明日は三日連続で氷点下20度以下にはなりそうだ。

 今週は仕事も、底だった。
 毎年2月の初旬が一番気持ちが下がる。
 かつて、日記をweb上に公開していたが、その理由は自分の鬱傾向を図る、いわば鬱日記だった。
 ぼくは精神的なアンバランスさを十分に持っているのと、周年生の浮き沈みを持っていて、2月の1週が底なのである。日記を振り返って読むと、よくわかった。
 この時期には、毎年大きな出版の仕事が関わってくる流れもあって、なおさら、厳しいのである。

 今週は、サークルが一日。それから、毎日の授業をこなし、総合の3学年分の計画の素案を作り、小寺さんとの総合的な学習の時間の準備をし、週末の研究会の準備をし・・・過酷だった。それでも長く自分とつきあっているとよくわかる。日曜日の野口塾は、ぼくは運営だけで、一切提案をしないプランを事前に作っておいた。ここも提案授業があったりしたら、ひどかっただろう、おそらく。

 一週間を支えた音楽。

Beethoven: Piano Concerto No. 1; Rondo in B flatBeethoven: Piano Concerto No. 1; Rondo in B flat
(1989/01/01)
Ludwig van Beethoven、

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ヴァイオリン名曲ア・ラ・カルトヴァイオリン名曲ア・ラ・カルト
(1998/08/21)
ギトリス(イブリー)

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ウォルトン:ヴィオラ協奏曲ウォルトン:ヴィオラ協奏曲
(1998/12/16)
バシュメト(ユーリー)

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Audio Archive Classics: MendelssohnAudio Archive Classics: Mendelssohn
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Felix [1] Mendelssohn、

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ウタイツガレルウタウタイツガレルウタ
(2006/10/25)
種ともこ

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RADIOGENICRADIOGENIC
(1993/11/01)
鈴木祥子コーリー・ハート

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PurelyPurely
(2009/05/26)
Maria Callas

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Saint-Saëns: Piano Concertos, Vol. 1 [Hybrid SACD]Saint-Saëns: Piano Concertos, Vol. 1 [Hybrid SACD]
(2005/01/25)
Camille Saint-Saens、

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Saint-Saëns: Piano Concertos, Vol. 2 [Hybrid SACD]Saint-Saëns: Piano Concertos, Vol. 2 [Hybrid SACD]
(2004/01/01)
Camille Saint-Saens、

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小寺さんが来る

 終日、1時間目から6時間目まで、写真を核とする、小寺さんとのワークショップ。
 重厚な学習だ。

 6時間目、さすがに生徒の集中力も下がってきたが、自分たちの写真をプリントアウトしたものを見た瞬間にいっぺんした。

 担任とも思わず顔を見合わせて、うなづく。

 先日子どもたちで撮影した写真と、今日の写真が、素人目にも、何から何まで違う変貌なのだ。
 質的に革命的な事態が起こったということ。これほどの変容が、子どもたち自身にも理解できたことの意味は大きい。

 プロというのはすごいものだ。
 だから、プロが教室にくることに意味があるのだ。

 終了後生徒の一人が、明日は授業がなくて(つまり全部総合ということ)ラッキーと思ったけど、全然そんなんじゃなかったとぼくにツイットしていた。それは否定的な発言ではなく、要するに大変な集中力と精神力を伴う学習だったということの表現である。
 生徒はへとへとになっていた。たかが写真・・・では全然なかったのだ。

 小寺さんは、写真の撮り方をほとんど説明しなかった。
 ひたすら、誰に見せるのか、何のために撮るのか、被写体の素晴らしさを自分で発見せよ、それを伝えるためにはどういう方法がいいのか自分で考えろ。それだけを終日伝え続けたわけである。

 表現するということへの「執念」を感じる一日だった。
 小寺さんと二人で行った30分ほどの大人トーク(対談)もおもしろかった。
 あ、これは、ぼくが誰よりもおもしろかった(笑)。



小寺卓矢さんがいよいよ明日来られる

 転勤してきた1年目の学校で、一つの学年で終日、大きな総合的な学習の時間を行うわけである。

 いろんな思いがあるが、一つはっきりしていることは、どうしても呼びたいどうしても子どもたちに出逢わせたいという執念とか、信念とか、そういうものなのだということだ。

 小寺さんとはこの後、来年の新校舎への引っ越しを経て、卒業まで、中2の子どもたちと関わりを持ち続けていくことになると思う。
 本物に会う。本物の生き方に出逢う。
 そういうことの仲介みたいなことが、ぼくのできるせいぜいなのだ。だから、それだけでも精いっぱいやり続けていきたいと思う。そういうことだ。

 小寺卓矢さんのホームページ


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