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2017-05

【隠岐島前についてはちゃんと書いておかなくてはいけない】 - 2017.05.26 Fri

江口彰さんにお誘いを受けてお伺いした隠岐海士町は衝撃的な場所だった。

隠岐は日本海に浮かぶ離れ島であり、ここにくるのは簡単ではない。ここで何事かをしようという人たちは、いろんなものを置いて、やっぱりシンプルな私として、やってこなくてはいけないのだろうと思う。

そのシンプルな個が、それぞれ着ていたものを脱ぎ捨てて(もちろん個々の歴史はちゃんと身の内に秘めて)ここで新しい協同を生みだそうとする力のハイブリッドが、海士町の革新を支えている。

もっとも、当初からキーパースンとして活動した人たちは、大変聡明でしかも人間信頼を根底に持っている。その上で、島にあるものを十分に活動の根に据えようとしてきたのだと思う。ぼくは、旭川で若い時期から市民運動に参画したが、ちょうどそれは市民運動が対決主義から協同主義に舵を切りつつある時期であった。またイデオロギー主義からトピック主義に変わる時期でもあった。

たしか、宮本常一の「忘れられた日本人」の中に、隠岐のよりあいの話し合いのことが紹介されていたと記憶しているが、まさにみんなで隙間をなんとなく人々の感情(思い)で埋めるというやり方がこの地にはもともと存在していて、それを海士町のリノベーションに巧みに利用してきたのだなあということも感じる。だから、ここの方法が、他の地にも使える何かを持っているのかは未知数だが、とにかくはっきりしているのは、仕組みを動かすのも、中で動くのも、みんな人だということだ。システムも人材とその結びつきを見ながら柔軟に変えていける(変わっていける)ことを前提としていないなら、うまくはいかないということなんだと思う。

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 学習センターの充実を目を見張るものだった。センター全体の設計が見事に機能して、そこに関わる子どもも大人も、みんなが伸びていく場になっている。これは、誰かの労であるといってはいけないのだろうが、やはり、豊田さんの卓越した見通しがなせるものだろう。

 課題ははっきりしていて、幼保から高校までの本丸の授業の改善、そして先生方の一層のスキルアップだろう。秋田の某村のような、トップダウンの人材集積ではないやり方で、そこの魅力化をどうはかるか。その答えというか見通しも、学習センターの人材育成の中に、もうあるように感じた。

 ここでなら、ぼくができそうなことはたくさんあるなあと思える。3年くらい前だったら、ぼくはこの島にわたってきたかも知れないなあと思った。
 隠岐島前も、ぼくには、自分を映す鏡だった。ぼくは「それ」と対話することで、

自分が何者で、どんな風でありたいかが、その都度鮮明になっていくようだ。ぼくには、まだ、いろんなものに触れ、対話し、自分を映し出していく時間が、もう少し必要なようである。

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【定点観測:国立第一中学校へいく】 - 2017.05.26 Fri

国立第一中学校。
井上太智さんを頼って訪問する二回目。
ちょうど先月の今頃一回目の訪問をしたわけだが、今日は井上さんの理科2時間、校内の国語の先生の授業2時間を参観。給食をいただいて帰ってくる。

実は明日が体育大会という日程で、「学び合い」の進展の状況などは、前回との単純比較はできないなあと思った。6月に見ると、多分、ここまでの流れがはっきり見えてくるだろう。読み聞かせは、先日の石橋南小でも扱ったかこさとしの「かわ」。それに「かわ」絵巻。理科の時間に読むには、やはり科学読み物、科学絵本がいいなあと思うのだ。絵巻はやんちゃな子たちにひろげてもらう。ながーい。子どもたちから簡単の声が挙がる。圧倒的だなあ。

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国語の時間に読んだ絵本は長谷川集平「むねがちくちく」。それに、教室にあった読み物を使った、ダウトを探せ。ちょうど旭山動物園の本があったのだ、ぼくの自己紹介をかねることができるし、教室の本へのアクセスの仕掛けにもなるし、都合のいい本だった。

今回は、校舎に入るなり、沸き立つような子どもたちの声を感じた。そうだ。これが中学校の音だ、と思う。体育大会前日ということを差し引いても、前回の学校・教室になかったのはこれ、であった。とすると、やはり学校っというところは、GWを一つの境目にして大きく変容するのだなということを思う。学校の中に居たときは気がつかなかったことがあれこれ見えたり、気になったりして、楽しい。

【コンサートその6 NHK響、フェドセーエフ、ベレゾフスキー】 - 2017.05.26 Fri

 チャイコフスキーのピアノ協奏曲が聴きたい、と思って、NHKホールへ。
 2017年5月24日。
 ベレゾフスキーは、たしかこれが3回目。なんだか、ずいぶんおなかが出てしまって、中年のおじさんになってしまったのだが、圧倒的なピアノは健在。しかも、以前に北海道で聴いたときと違って、今回は、多彩な音色と弱音への気遣い、繊細な表現の幅広さに、耳を奪われた。豪壮なぶっちぎりのピアノを期待していった(確かにそういう面は健在なのだが)が、いい意味で裏切られ、表現者としての幅を広げ深めつつ彼の現在に触れることができた。聴衆大喝采、アンコールはなんと、チャイコンのさいしゅうがくしょうのクライマックス部分という 笑 およそコバケンくらいしかやらない離れ業だった。

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 実はそのピアノの前の、ショスタコーヴィチの祝典序曲でもその兆しは感じられていたのだが、後半のリムスキーコルサコフのイタリア奇想曲と、チャイコフスキーのフランチェスコ・ダ・リミーニが、とびっきりの名演だった。特に、あまり聴く機会のないフランチェスコ・・・がこれほどの名曲とは。
 フェドセーエフは、、これも、かつてモスクワ放送響を札幌で聴いたときのショスタコーヴィチ5番の爆音の印象が強く、管楽器や太鼓をぼかすか慣らすイメージだったのだが、いやあ、ずいぶんと円熟し、柔らかく美しい歌を紡ぐ人であった。N響がこの数年急速のこの指揮者との関係を深めた意味がわかる気がする。両者の好ましい関係は、ステージの様子を見るとよくよくわかった。
 アンコールはハチャトゥリアンのガイーヌより。これは、ぼくのよく知るフェドセーエフだった。ずいぶん疲れていたのだが、なんだか少し気持ちが明るくなるコンサートだった。

 東京は豊かだ。この水準の演奏を、お金さえあれば毎日のように、電車で小一時間の移動で聴くことができる。

【国民年金保険料】 - 2017.05.22 Mon

 帰宅すると、いろんなものがポストに届いていた。
 中には、支払い関係もたくさん。
 国民年金の払込書が届いており、早速コンビニで全額支払う。

 2週間弱の移動は、体に堪えたようで、日曜日も回復せず、今朝も、重い頭痛が残っている。
 それに折からの高温だ。

 教育出版の国語の教科書に、藤本英夫の「銀のしずく降る降る」という知里幸恵の伝記が載っている。あまりにもあっさりした書きぶりでびっくりしてしまう文章だ。とはいえ、ぼくが教員になった89年にはじめて教科書に採用になった書下ろしの文章で、なんとなく思い入れがある。
 はじめて読んだころから気になっているところがあって、それは、金田一京助を頼って東京にやってきた幸恵が、熱さと多湿で持病を悪化させ、『アイヌ神謡集』を書き上げた夜に亡くなるというくだりのところである。

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 ぼくには、暑さと湿度で死ぬというのが想像できなかったのだ。
 たぶん、幸恵にも想像できなかったし、金田一にも想定できないことだったのだろう。金田一の衝撃は何一つ書かれていない藤本の文章と読みながら、今なら、幸恵の置かれた過酷さも、金田一の衝撃の深さも、わかる気がする。

 50歳になって東京に出てきて、北海道とは全く違う気候に、体は対応できていない。今回の移動で実感したことは、ぼくはきっと、ここで死ぬんだろうなあということだ。死ぬときは、北海道で死にたいなあとぼんやり思ったのだった。

 昨日年金の払込をして、これ、大方を回収できないうちに、死ぬんだろうなあと、まあ、そんなことを考えたのである。

【見ていただければわかると思いますが】 - 2017.05.21 Sun

 昨日は築地久子さんの姿を20数年ぶりに拝見した。
 青い美しいワンピースとヒール。
 70代の女性とは思えぬ、華やかな姿で、現役時代をほうふつとさせる佇まいであった。
 ぼくは若い時に築地さんに出会って、授業、教室もさることながら、彼女の服装に驚いたのだった。ぼくの周りには、そのように華やかないで立ちで子どもたちの前に出る先生はいなかった。
 昨日のお話をお伺いしながら、ぼくには、そのわけが、つまり、そのような姿で子どもの前に立ち続けた築地さんの思いが、多分「わかった」と思った。

 ぼくもほんの少し遅れてだが、当時、築地学級に瞠目した教師の一人である。関わる文献も丁寧に読んだし、自分がたまごの会のメンバーだったこともあり、当時精力的に分析していた藤川大祐さんのお話も何度か直接おうかがいした。授業づくりネットワークは90年3月、92年9月の二回、築地学級の特集を組んでいて、例えば昨日築地さんがお話されたジャンケン授業の授業開きの話は、まさに藤川さんが取材に入った92年9月号所収の授業(記録)についての語りである。だから、お話の中身については、ほぼ既知のことであった。
 唯一、読んだ記憶のないことは、東京の修学旅行の話で、「常任理事国になるにふさわしい国の首都といえるか」という課題で、東京の修学旅行をするというのは、極めてアイロニカル(皮肉)で、東京オリンピック開催を前に東京詣でを続ける地方の学校の修学旅行の実態に既に20年も前に冷や水を浴びせているような中身であった。
 もう少しだけ書くと、ぼくが最後のクラスの子どもたちと歩いたコンセプト型の修学旅行に、今更ながらどんと背中を押していただいたような気持ちになった。
 そう、修学旅行も、村づくりも、築地さんには、それはそれ、これはこれ、はなかったのだ。
 全部、そういう言い方が許されるなら、「授業」だったわけである。だから、学級開きの一時間めから、ジャンケンの授業ができる。ここが分からない人との、思想的断絶は果てしないと思えた。

 さて、今回の講演会で、もっとも大きな衝撃だったのは、次の場面だった。
 講演の途中で、カルテが配られた。これも、『生きる力をつける授業』(黎明書房)などで、打ちなおしたものではあるが、見ていて、ぼくには既知のもの(現物も昔、たしかにみたことがある)であった。しかし、そこで、築地さんが全く自然に話した言葉が、表題の言葉だった。
 「見ていただければわかると思いますが」・・・。

 いいえ、「見ても」私にはわからないのです。

 築地実践が、個の膨大な記録(カルテ)に裏打ちされたものであることはよくわかっている。
 そして、彼女のようにできなかったのも、そもそもこのカルテ(のようなもの)が作れなかったこと、そして、活用できる能力がなかったことによる、とぼくは思っている。それは、研究的に読み解く能力と言う意味だけではなく、現場でもあれほどのカルテを蓄積していくことは困難で、しかも仮にそれだけの量を書いても、それを有機的に結び付けて、課題を設定していくことは困難だということだ。

 それを、 「見ていただければわかると思いますが」とさらりと言ってしまえる築地さんは、圧倒的な子どもの認知力を背景に、あの実践群を生みだした人なのだ。そして、そのことにひょっとすると、築地さん自身はそれほど自覚的でもないのかも知れないと、そういうことを考えた。

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 教師が教え育てることが、築地さんの実践でもまたベースにはっきりとある、ということがよくわかった。そして、築地実践はその極北の一つということになるのだな。それを突き詰めていくなら、ここまでやれなければならない、ということなのだねえ・・・。

 だが・・・から先が、ぼくが広げていきたい世界、ということになる。
 築地さんご自身も、早くご自分の実践を乗り越えていく実践が登場することを待っているはずなのだ。それも、広くみんなが「見ていただければわかると思いますが」というレベルで提案できるような実践群が。

【隠岐島前は、魔境であった】 - 2017.05.19 Fri

 なるほど、ここに惹かれて、ここから帰ってこられなくなる人が続出する。
 ここは、魔境であった(笑)。

 カタリバ北海道の江口さんにお誘いを受け、彼のところで働き始めるという若手とぼくとの3人での渡航。
 さらに、島根県の教育行政のそうそうたる幹部もたまたま同行。豊田庄吾さんの手引で、ワクワクする一日だった。

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 土地も人も、そして動いているプロジェクトも魅力的。
 放課後の学習センターは、そこに集まるスタッフ一人一人の志も技量も高く、実に魅力的だった。
 何よりも子どもたちの姿が圧倒的。
 プロジェクト学習、協同的な学び、個別の学びが、豊かに成立していた。

 事前のイメージをはるかに超える、圧倒的な場所で、本気の人々に、心を鷲掴みにされた。

もう何年前のことだったか - 2017.05.17 Wed

 いつのことだったか。

 北の教育フェスティバルに福井達雨さんを呼ぶということで、ぼくは始業式の午後年休をもらって、会いに行った。

 そうまでしてでももう一度会いたかったのだ。

 そこにはかつての闘士の姿はなく、好々爺ということばがぴったりのお爺さんがいた。

 思えば、もう一度会いに行くということはぼくにとって、もうそこを通り過ぎたのだということの、確認の作業のようであることが多かった。

 もうずうっと先まで進んでいなければいけない。できるならば、そこにはもう僕の居場所など見つけられないくらい、ずうっと新しくて違っているのがいい。

 それはそこにいる人たちには、明らかな歴史の産物なのだが、原始人には自分の文明の続きとは、全く想像もつかない、というようなのがいい。

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石川晋

Author:石川晋
北海道の中学校教師を退職しました。
都内に潜伏して、ゆっくりのんびりしなやかに、教育、芸術、自然の話をしながら、これからの自分のことを考えつつ、新しい状況に対応する「学びのしかけ」のことを考えて行きます。facebookアカウントは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000528475920
ぼくにできそうなことは、どんどんお受けしますので、遠慮なくお知らせください。FBのメッセンジャーが一番確実です!

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